第六十五話 首塚、動く
大手町の一角、高層ビルに囲まれた小さな塚の前で、結樹は静かに佇んでいた。
「――将門公。お会いしたく、参りました」
塚の周囲の空気が、ずしりと重くなった。地面から、鎧兜を纏った巨躯の武人が、ゆっくりと立ち上がってくる。
「小僧が、儂に何の用だ」
「あなたの無念を、力に変えたい。……朝廷に弓引き、討たれてなお、祟り神として恐れられ続けた、あなたの歴史を」
将門は、兜の下から、鋭い眼光を結樹に向けた。
「儂を、他の腰抜けどもと同じ手管で釣ろうというのか。……舐めるでないわい」
「舐めてなんかいない」
「ならば、力で示せ」将門は、大太刀を抜き放った。「儂は、力なき者の言葉など聞かぬわい。……お前が、儂を従わせるに値する器か、その拳で証明してみせよ」
結樹は、思わず苦笑した。
「面倒くさい人だな、まったく」
「言うたな、小僧」
将門の一撃が、大地を割るような勢いで振り下ろされた。結樹は咄嗟に飛び退き、黒い靄を纏わせて応戦する。
「――結べ、消された者たちの無念を!」
黒い手が地から伸びるが、将門はそれを大太刀で一薙ぎに斬り払った。
「小手先の術など、儂には効かぬ」
「じゃあ、これはどうかな」
結樹は対紋に力を込め、既に覚醒した同胞たちの気配を借りた。金と黒に、赤い炎の色が混ざり合う。
「――温羅、力を貸してくれ」
遠く離れた鬼ノ城から、応えるように炎の気配が結樹の拳に宿った。踏み込みが、これまでよりも遥かに鋭くなる。
「ほう……!」
拳と大太刀が、幾度もぶつかり合った。結樹の息は上がり、体のあちこちに傷が増えていく。それでも、退かなかった。
「あなたが恐れられ続けたのは、力のせいだけじゃない。……たったひとりで、朝廷という大きすぎる相手に、正面から異を唱えた。その意志そのものが、恐ろしかったんだ」
将門の太刀筋が、わずかに緩んだ。
「……ほう。そこまで、見えておったか」
「僕は、覚えている。誰も語らなくなった後も、ずっと」
将門は、大太刀を地に突き立て、豪快に笑った。
「よかろう。……その心根、気に入ったわい。力、貸してやろう」
「技の名前は、何て呼べばいい?」
「首塚の怒り(くびづかのいかり)、とでも呼ぶがいい。……儂の無念、そのままの名よ」
「勝った、ってことでいいのかな」
「儂の勝ちだわい、小僧。……だが、負けを認めるのも、また武人の一部よ」
結樹は、膝から崩れ落ちそうになりながら、それでも満足げに笑った。
「これで、三人目。……あとひとり、目処はついてる」
夕暮れのビル群の谷間に、静かな笑い声が響いていった。




