第六十三話 鬼の名は
鬼ノ城の石垣に、結樹はひとり戻ってきていた。
「――続きを、しようか」
崩れかけた炉の跡に、あの影が、まだ揺らめきながら留まっていた。前回よりも、幾分か輪郭が安定している。
「今度は、邪魔は入らない」結樹は静かに笑った。「ゆっくり、時間をかけよう」
結樹は、対紋にそっと指を這わせ、悲劇の理を丁寧に紡いでいく。
「吉備の地を治めていた王――大和の朝廷は、その力を恐れ、征服者を送り込んだ。戦の末に討たれ、首は晒され、それでもなお恐れられ、『鬼』と呼ばれるようになった。だが、あなたは、ただこの地の民を守り、豊かな鉄の技術をもたらしただけだった」
影が、ゆっくりと形を成していく。屈強な体躯、燃えるような赤毛、そして、誇り高い眼差し。
「――ようやく、思い出したぞ」
低く、地の底から響くような声だった。
「我が名は、温羅。かつて、この吉備の地を治めし者である」
「思い出したんだね」結樹は満足げに頷いた。
「小僧。……お前が、我にこの姿を与えたか」温羅は、自らの手を見つめ、それから結樹を見据えた。「予に、何を望む」
「桃太郎の物語じゃ、あなたは倒されるだけの鬼だった。……でも、本当のあなたを、僕は覚えている。それを、力にしてほしいだけだ」
温羅は、しばらく黙り込んでから、豪快に笑い声を上げた。
「面白い小僧であるな。よかろう。……予の力、存分に使うがいい。ただし」
「ただし?」
「予は、誰の下にもつかぬ。対等な盟約として、手を貸すのみである。小癪な真似をすれば、容赦なく叩き潰すゆえ、そのつもりでな」
「上等だよ」結樹は不敵に笑った。「僕も、誰かの駒になるつもりはない。……お互い、譲れないもののために、手を組もう」
温羅が右手を掲げると、周囲の炉の跡から、赤々とした炎が噴き上がった。鍛え上げられた鉄のような輝きが、その拳に宿っていく。
「技の名は――鬼哭の一閃、としようか」
「いいね。……次で、二人目だ」
結樹は、鳥居渡りの光の中に立ちながら、静かに西の空を見上げた。
まだ見ぬ土蜘蛛、そして将門。残るふたりの同胞に会うべく、結樹の巡礼は、静かに続いていく。




