第六十二話 分かれ道
鬼ノ城の石垣に、夕闇が下りていた。
阿形と密迹に囲まれたまま、結樹は静かに座り込んでいた。逃げる素振りは、もう見せなかった。
「……このまま、常宮か機構に突き出すか?」阿形が、紡樹に問う。
紡樹は、しばらく答えられなかった。
「結樹。……本気で聞きたい。このまま僕らと一緒に、由緒管理機構に行く気は、本当にないの」
結樹は、静かに首を振った。
「僕がやろうとしていることは、機構の理屈じゃ裁けない。……語り部衆が、独自の掟で動いてきたのと同じだ。僕にも、僕だけの筋を通す義務がある」
宵が、涙を堪えながら言った。「捕まえても、どうせ、また同じことをするんでしょう」
「そうだね」結樹は、悪びれもせずに頷いた。「僕は、消された者たちを、これ以上見捨てられない」
密迹が、拳を握ったまま、低く唸った。
「――紡樹よ。どうする」
紡樹は、長い沈黙の後、静かに口を開いた。
「……行かせよう」
「本気か!?」阿形が驚いたように声を上げる。
「今ここで無理やり捕らえても、結樹の信念は変わらない。……それに」紡樹は、結樹をまっすぐに見た。「次に会う時は、ちゃんとお互い、本気でぶつかれる状態にしたい。今日みたいな、中途半端な形じゃなくて」
結樹は、目を見開き、それから小さく笑った。
「――君は、本当に、甘いのか、大きいのか、分からないな」
「どっちもだよ、きっと」
結樹は立ち上がり、服の埃を払った。
「約束するよ。次に会う時は、僕も、同胞たちも、ちゃんとした形で対峙する。……その時は、遠慮しないでくれ」
「うん」
結樹は、踵を返し、石垣の向こうへと歩き出した。数歩進んだところで、一度だけ振り返った。
「紡樹。……対紋、大事にしてくれよ。これは、僕らが確かに繋がっていた証でもあるんだから」
その言葉を最後に、結樹の姿は、鳥居渡りの光に呑まれて消えていった。
残された一行は、しばらく誰も、口を開かなかった。
「……本当に、良かったのですか」吽形が、静かに紡樹に尋ねた。
「分からない」紡樹は、正直に答えた。「でも、今の結樹を、力ずくで縛りつけても、何も変わらない気がしたんだ」
宵が、そっと紡樹の隣に立った。
「わたしも、同じ気持ちでした。……結樹の中にあるものは、憎しみだけじゃない。だからこそ、余計に、辛いんですけど」
夕闇に沈む鬼ノ城の跡地に、静かな風が吹き抜けていった。紡樹たちの旅は、新しい局面へと、確かに踏み出していた。




