第六十話 閉ざされた社
二上山の朝、紡樹は突然、胸を押さえてうずくまった。
「――ッ、な、に……」
「紡樹さん!?」宵が駆け寄る。
胸に刻まれた対紋が、燃えるように熱かった。何かが、遠くで大きく動いた――そんな感覚が、確かにあった。
「結樹は……結樹、どこ?」
辺りを見回すが、姿が見当たらない。阿形が慌てて周囲を捜索するが、すぐに戻ってきた。
「いません! どこにも!」
密迹が、懐の那羅延の欠片を握りしめた。
「妙な胸騒ぎがする。……悪い方の、な」
紡樹は、対紋の熱がゆっくりと引いていくのを感じながら、奥歯を噛みしめた。
「今の感覚……何か、大きなことが起きた。しかも、もう終わった後だ」
「間に合わなかった、ということですか」吽形が静かに問う。
「たぶん」紡樹は立ち上がり、鏑木を見た。「鏑木さん、結樹の位置、追跡できますか」
鏑木は端末を操作したが、すぐに顔を曇らせた。
「……反応がありません。冥の別宮に近い座標で、通信が完全に途絶えています」
「途絶えてる、って」
「壁のようなものに、阻まれているようです。発動配信システムの中継信号すら、弾かれています」
――同じ頃、冥の別宮。
黒漆の鳥居の周囲に、幾重にも根のような影が這い上がり、社殿全体を覆い尽くしていた。土くれと闇が織り交ざった、生々しい壁だった。
「……これで、しばらくは、誰も踏み込めぬ」
かつて影だった者――今は人のかたちを取り戻したその者が、静かに呟いた。
「感謝する」結樹は、額の汗を拭いながら笑った。「これで、誰にも邪魔されず、動ける」
「……礼はいらぬ。ここに埋められていた者に、初めて役目を与えてくれたのは、お前だ」
結樹は、社殿の奥を振り返った。冥の別宮の結界の向こうに、まだ姿を見せていない同胞たちの気配が、微かに感じられた。
「さて。……次は、誰に会いに行こうか」
結樹の声は、静かで、しかしどこまでも確信に満ちていた。二上山にいる紡樹たちが、この異変に気づいた頃には、すでにすべてが遅かった。




