第五十四話 境界に、拳を突き立てろ
言葉が終わるより早く、双堂の主の右腕が振り下ろされた。
白刃のような神威の光が、地面を切り裂きながら迫る。紡樹は咄嗟に朱印帳を掲げたが、衝撃は防御ごと弾き飛ばし、体が宙に浮いた。
「――ッ!」
「紡樹!」
結樹が跳び込み、黒い靄で受け止める間もなく、左半身から放たれた墨染めの炎が、ふたりまとめて呑み込もうと押し寄せてきた。
「くそ、桁が違う……!」
「文句を言っている暇があるなら、動け!」双堂の主の声が、山を震わせる。「対のくせに、揃って転がっているとは、情けない!」
紡樹は歯を食いしばり、地面を蹴った。結樹も、ほぼ同時に飛び出す。示し合わせたわけではない。だが、体が、自然と互いの死角を埋めるように動いていた。
「――紡げ、歴史を!」
「――結べ、無念を!」
金の光と黒い靄が、ぶつかり合う寸前で、奇妙な調和を見せた。反発するはずのふたつの力が、螺旋を描くように絡み合い、ひとつの奔流となって、双堂の主の炎を切り裂いていく。
「これは……!」紡樹自身、驚きを隠せなかった。
「止まるな、紡樹! このまま押し切るぞ!」
ふたりは駆けた。神威の斬撃が幾度も襲いかかるが、その度に金と黒の光が絡み合い、盾となり、時に刃となって迎え撃つ。
「見事だ!」双堂の主が、初めて愉快そうな声を上げた。「だが、まだ終わらぬぞ!」
その両腕が交差し、神と仏、両方の力が凝縮した一撃が放たれた。大気そのものが軋むほどの圧力に、紡樹と結樹は思わず足を止めかける。
「――退くな!」結樹が叫んだ。
「退かない!」
紡樹は朱印帳を胸の前に掲げ、結樹はその隣で拳を握った。金と黒、ふたつの光が重なり合い、ひとつの紋様を描き出していく。それは、これまでどちらの陣営にもなかった、全く新しい輝きだった。
「――光と影、対の理! 境界に、拳を突き立てろ!!」
ふたりの声が重なり、放たれた一撃が、双堂の主の一撃と真正面からぶつかり合った。
轟音。山全体が、大きく揺れ動く。
閃光が晴れた時、双堂の主はゆっくりと膝をつき、静かに笑っていた。
「……見事。真に、対と呼ぶに相応しい」
紡樹と結樹は、荒い息を吐きながら、互いに顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合った。




