第五十二話 対となりて
地鳴りは、礎石の下から響いているようだった。
密迹が石をひとつ、慎重にどかすと、その下から、小さな石碑が姿を現した。表面には、風化しながらも、かろうじて文字が読み取れる。
紡樹はしゃがみ込み、指先でそっとなぞった。
「『――忌み子とは、ひとりにあらず。光を纏う者と、影を纏う者、対となりて初めて、境界の理を成す』」
会議室での議長の言葉が、頭の中で反響した。忌み子は、境界そのものとなりて、世を照らすか、あるいは呑み込むか――あの一節の解釈が、根本から覆っていく感覚だった。
「やっぱり、そういうことか」結樹が、静かに息を吐いた。
「結樹……」
「僕は、ずっと『歴史から消された者』の側に立ってきた。悲劇を覚えていることでしか、力を持てなかった」結樹は、崩れた礎石をそっと撫でた。「そして君は、由緒を紡ぎ、両方を調和させる側にいる。……光と影、ふたりでひと組。それが、本来の『忌み子』の姿だったんだ」
宵が、はっとした顔で口を開いた。
「じゃあ、わたしは……」
「宵ちゃんが忌み子だと疑われたのは、常宮の誤読だったんだと思う」結樹は、静かに、しかしはっきりと言った。「境界の時間に生まれたことも、氷室冴の娘であることも、事実には違いない。でも、予言が指していたのは、対の存在――ひとりでは、完結しないものだったんだ」
氷室冴が、深く息を吐いた。
「わしが弾かれたのは……両方を、独りで担おうとしたからか」
「そういうことになりますね」紡樹が静かに頷いた。「境界を結び直すには、光も影も、片方だけでは足りなかった」
宵は、しばらく黙り込んでいたが、やがて、憑き物が落ちたような、穏やかな表情を浮かべた。
「……そうだったんですね。わたしは、恐れられるべき存在じゃ、なかった」
「宵さんの経験が、無駄だったわけじゃないよ」紡樹はすぐに言った。「その誤解のおかげで、僕らはここまで辿り着けた。……それに、宵さんがいなかったら、氷室冴さんとも再会できなかった」
宵は、小さく、けれど確かに微笑んだ。
礎石が、淡い光を帯び始めた。紡樹と結樹、ふたりの体に、それぞれ金と黒の光が呼応するように立ちのぼっていく。
「――来るのか」結樹が、身構えながら呟いた。
山全体が、大きく震えた。地の底から、太い声が響き渡る。
「――ようやくか。長い、長い時であった。光と影、真の対が、ここに立つとはな」
その声は、これまで出会ったどの存在とも違う、途方もない重みを纏っていた。




