第五十話 僕にも、僕の仕事がある
二上山へ出発する準備を進める中、結樹がふらりと紡樹の隣に現れた。
「なあ、紡樹。ひとつ、言っておきたいことがあるんだ」
「今度は何」
「君は僕のことを、『紡樹に取り憑いてる変な奴』くらいに思ってるだろう」結樹はいつもの気だるげな調子で笑った。「否定はしないけどさ。……僕にも、僕自身の仕事がある。君を追いかけるより、ずっと前からやってることだ」
紡樹は少し驚いて、結樹を見つめた。
「豊守神社の縁起、ちゃんと全部知ってるか?」
「祖父から聞いた分は、大体」
「なら、これは知らないはずだ」結樹はポケットから、古い写しの束を取り出した。「あの社が建てられた時代、人柱の伝承が残っている。……名も残らない誰かが、社の礎に、その身を捧げたという記録だ」
紡樹の顔が、みるみる強張った。
「そんな話、聞いたことない」
「機構にも常宮にも残ってない。語り部衆が、独自に集めてきた記録の中に、かろうじて痕跡があっただけだ」結樹は静かに続けた。「僕は、こういう仕事を何年もやってきた。名もなく消された者たちを、ひとりひとり掘り起こす。……君を見つけたのは、その途上に過ぎない」
「じゃあ、僕を見つけたのは偶然だったってこと?」
「偶然じゃない。必然だよ」結樹は写しを紡樹に手渡した。「両方の由緒を宿す君を追ってたどり着いたのが、たまたま、僕がずっと調べていた土地だった、というだけの話さ」
阿形が興味深そうに割り込んできた。
「結樹さん、俺たちの故郷に、そんな話があったんですか!?」
「詳しいことは分からない。ただ、僕の力量なら、その痕跡くらいは辿れる」結樹は不敵に笑った。「語り部衆の中でも、僕はそれなりに名の知れた存在でね。……舐めてもらっちゃ困るよ」
密迹が腕を組み、感心したように唸った。
「ほう。ただの物好きではなかった、ということか」
「心外だな」結樹は肩をすくめた。「僕はいつだって、本気だよ。……ただ、その本気の対象が、たまたま人と被りやすいってだけの話さ」
紡樹は、手渡された古い写しに目を落とした。かすれた文字の向こうに、これまで知らなかった故郷の顔が、静かに横たわっているような気がした。
「教えてくれて、ありがとう」
「礼はいらない」結樹はそっぽを向いた。「これは、僕の仕事の一部を、たまたま君に分けてやっただけだ」
その横顔には、いつもの芝居がかった調子とは違う、静かな矜持が滲んでいた。




