第四話 隠れ古宮、目覚める
その光は、思いがけない場所にも届いていた。
全国のダンジョン化した聖域を監視する「由緒管理機構」のモニタールームで、けたたましい警報が鳴り響いた。
「……なんだ、これ」
担当官が、画面に表示された座標を二度見した。地方の、名も知れぬ小さな神社。これまで一度もランク評価すら受けたことのない、無価値判定の土地。
『新規ダンジョン化確認――豊守神社。適性属性:判定不能(両属性同時反応)』
「両属性同時……? そんな報告、聞いたことないぞ」
「……上に報告する。至急、現地調査班を向かわせろ」
「了解しました。ですが、両属性同時反応なんて前代未聞です。下手に刺激すれば、また“あの時”の二の舞に――」
「分かっている。だからこそ、慎重にな」
担当官は震える指で、しかるべき部署への緊急連絡ボタンを押した。
同じ頃、境ノ杜から戻る道すがら、鈴木葵の懐で端末が振動した。画面に浮かぶ座標と『両属性同時反応』の文字を見て、彼の目が初めて、わずかに見開かれた。
「……本当に、いたのか」
隣を歩く本田宵も端末を覗き込み、絶句した。「まさか、こんな辺鄙な土地に――」
夜更け、冥の別宮――黒漆の鳥居がそびえる薄暗い社殿の奥で、松田結樹は盗み取った巻物の切れ端を灯りに透かしていた。
「『いつか、失われた片方が還る日、境界は再び結ばれ、忌み子は――』……ここから先が読めない、か。相変わらず、肝心なところは虫に食われてる」
結樹は苦笑いを浮かべ、巻物を懐にしまった。壁際には、彼と同じように闇の解釈を志す仲間たちの気配がいくつか揺れているが、誰も声をかけてはこない。ここでは、孤独に歴史と向き合うことこそが流儀だった。
「……忌み子、ね。そんな都合のいい救世主が、本当にいるっていうのかな」
窓の外、遠く豊守神社の方角に浮かんだ淡い光の残滓に、結樹は目を留めた。懐の端末が、微弱な『両属性同時反応』を捉えて震えている。
「へえ。……面白くなってきたじゃないか」
その通知は、遠からず「顕れの常宮」にも、そして「冥の別宮」にも届くことになる。
田舎町の片隅で、ひとりの少年が世界最強の「バグ」に目覚めたことを、まだ誰も――紡樹自身さえも、その本当の意味を知らなかった。
紡樹は、光の収まった境内で、ひとり呟いた。
「……歴史は、誰かを断罪するためのものじゃない。ちゃんと、紡いでいくためのものだ」
その言葉は、後にこの少年を象徴する信条となる。
紡樹は、阿形と吽形、そして人の姿になった稲荷を見回した。
「これから、よろしくな」
三者三様に頷くその姿を、祖父は目を細めて見つめていた。まだ知らない。この夜を境に、豊守神社が――ひいては、神仏分離という古い呪縛そのものが、静かに軋み始めることを。
数日後、紡樹を「エラー」と笑ったあの同級生は、自分の端末に流れてきた速報を見て、飲みかけのペットボトルを取り落とすことになるのだが……それはまた、別の話だ。
三色の鳥居が、静かに紡樹たちの存在を意識し始めた夜だった。




