第四十八話 予言の続き
機構の地下深く、幾重にも施錠された扉を、議長自らが鍵で解いていく。最後の扉の前で、議長の手が一瞬止まった。
「この先は、わし以外、三年間、誰も入れていない場所だ。……お前たちを招き入れるのは、機構の規定からすれば、明確な違反になる」
「それでも?」紡樹が問うと、議長は小さく笑った。
「規定より、大事なものがあると、ようやく分かったのでな」
扉が重い音を立てて開くと、幾重にも施錠された書庫の奥で、議長は古びた桐箱を取り出した。
「この巻物こそが、原本だ。……三年前、氷室冴の一件をきっかけに、機構が厳重に封じたものだよ」
箱を開けると、黄ばんだ和紙に、達筆な墨文字が並んでいた。議長が読み上げようとした、その瞬間――巻物そのものが、淡い光を帯びて震え始めた。
「な……!?」
「議長、下がってください!」鏑木が咄嗟に叫ぶ。
だが、光は攻撃的なものではなかった。まるで、長く待ち続けた読み手をようやく見つけたかのように、静かに、しかし確かな熱を帯びて明滅していた。
議長は震える手で、それでも読み上げを続けた。
「『失われた片方が還る日、境界は再び結ばれ、忌み子は、境界そのものとなりて、世を照らすか、あるいは呑み込むか。二つの御堂、再び相並ぶ時、真実の理は明かされん。選ぶは天にあらず、忌み子自身の心にあり』」
読み終えた瞬間、光がふっと収まり、会議室に、しばらく沈黙が流れた。
「二つの御堂……」紡樹が呟いた。「それって……」
「二上山・双堂のことじゃないですか」鏑木が息を呑んだ。「機構の資料にも記載がある、神仏習合の到達点とされる霊地です」
「わしも、若い頃に一度、その名を耳にしたことがある」氷室冴が目を細めた。「かつては神と仏、それぞれの御堂がふたつ並んで建っていたが、分離令によって、片方が取り壊されたと伝わる場所だ」
紡樹の胸の奥で、朱印帳が微かに熱を帯びた。
「選ぶのは天ではなく、忌み子自身の心にある、か」議長が繰り返した。「……この一文だけは、当時のわしにも、救いのように思えた」
宵は、その言葉を噛みしめるように、静かに目を閉じた。
「わたしの心ひとつで、世を照らすことも、呑み込むこともある……そういうことなんですね」
「怖いか?」紡樹が尋ねた。
「怖いです。でも」宵は目を開け、まっすぐに前を見た。「怖いだけで終わらせるのは、もう、やめようと決めたので」
結樹が、珍しく真剣な顔で口を開いた。
「二上山・双堂か。……那羅延の欠片を持つ密迹にも、何か関わりがありそうな気がするね」
「僕もそう思う」紡樹は頷いた。「失われた片方――那羅延も、氷室冴さんも、宵さんも、みんな『片方』を巡る話だ。それが全部、二上山で繋がるのかもしれない」
議長は、巻物を丁寧に巻き戻しながら、静かに言った。
「機構としても、正式にその調査を後押ししよう。……これ以上、隠し事を重ねるのは、わしらの流儀ではないと、ようやく気づいたのでな」
紡樹たちの視線が、期せずしてひとつの方角――まだ見ぬ二上山の空へと向けられていた。
長い道のりの、最後の一歩に近づいていることを、誰もが静かに実感していた。




