第四十七話 忌み子の意味
議長は、深く息を吐いてから、ゆっくりと語り始めた。
「あの巻物は、機構の設立よりもさらに古い時代――まだ神仏習合が当たり前だった頃に記されたものだ。『失われた片方が還る日、境界は再び結ばれ、忌み子は、境界そのものとなりて、世を照らすか、あるいは呑み込むか』……そう続く」
会議室の扉が、荒々しく開いた。
「議長! それ以上は、機密漏洩にあたります!」
割って入ってきたのは、先ほど廊下で押し問答をしていた職員のひとりだった。背後には、さらに数名の姿がある。
「今更、何を守ろうというのだ」議長は、静かに、しかし断固とした声で言い返した。「隠し続けた結果が、この三年だ。……もう、いい」
「しかし……!」
「下がっていろ」議長が一喝すると、職員はそれ以上言葉を続けられず、後ずさりながら扉の外へと消えていった。
議長は、乱れた息を整えるように一呼吸置いてから、続けた。
「世を照らすか、呑み込むか……」紡樹が繰り返す。
「両義的な予言、というやつだ。良いようにも、悪いようにも取れる」議長は苦い顔をした。「機構の一部は、これを『両属性を持つ者への呪い、あるいは祝福』の予言だと解釈した。そして三年前、氷室冴という前例が生まれ、そのすぐ後に、ひとりの娘が生まれた」
宵の体が、小さく震えた。
「わたし、ですか」
「生まれた時刻が、夜と朝の境目――一番、境界に近い時間だったと記録にある。しかも、両属性を志した者の血を引く。……常宮の一部の者たちは、お前を『忌み子』そのものではないかと恐れた」
「恐れた、というと……」
「万が一、お前が父親と同じように両方の力に目覚めれば、予言が現実になる。それを『世を照らす』方に転ぶと信じる者もいれば、『呑み込む』方だと恐れる者もいた。……いずれにせよ、機構や常宮の手に負えなくなる、という点では、意見が一致していた」
紡樹は、拳を強く握った。
「だから、宵さんを純粋な神道の力だけで育てて、仏の気配に触れさせないようにしたんですか。……忌み子にならないように?」
「その通りだ」議長は、深く頭を下げた。「聴聞が再開された際、お前を末席にすら呼ばなかったのも、氷室冴との関わりを、誰にも――お前自身にすら、気づかれないようにするためだった」
宵は、しばらく何も言わなかった。やがて、絞り出すような声で問うた。
「……わたしは、生まれた時から、恐れられる存在だったんですね」
「すまなかった」議長は、それだけを繰り返した。
紡樹は、宵の肩にそっと手を置いた。
「僕も、似たようなものだよ」紡樹は静かに言った。「両方の力を持って生まれたってだけで、本来ならとっくに『処理』されてたはずの存在だ。……でも今、僕はここにいる。宵さんも、ここにいる。それだけで、もう十分、予言のどっちに転ぶかなんて、僕らが決めればいいことだと思う」
宵は、紡樹の言葉に、ゆっくりと顔を上げた。その目に、初めて強い光が宿っていた。
「そうですね。……恐れられて終わるのは、もう、まっぴらです」
氷室冴が、静かに頷いた。
「わしが結び損ねた境界を、今度はお前たちが、違う形で結んでくれるのかもしれぬな」
議長は、深く皺の刻まれたふたりの顔――老いた父と、まだ若い娘の顔を、交互に見つめていた。
「忌み子の予言、その全文は、機構の奥に、まだ続きがある。……お前たちがそれを望むなら、開示しよう」




