第四十一話 三人目の影
朝と呼ぶには薄暗すぎる光の中、紡樹は宵と連れ立って、渚を歩いていた。
「履物が残っていた場所、正確には分からない、って言ってたよね」
「ええ。……でも、老爺さんの目線から、大体の見当はつくはず」
波打ち際に近づくと、砂の色が、他の場所より心なしか黒ずんでいる一角があった。紡樹はしゃがみ込み、そっと指先で砂をすくった。
「ここ、由緒の匂いが濃い」
「濃い、というより……凝っている、という感じかしら」
宵がそう言った時、背後から聞き覚えのある声がした。
「――やあ、奇遇だね」
振り返ると、そこには松田結樹が立っていた。両手をポケットに突っ込んだまま、いつもの気だるげな笑みを浮かべている。
「結樹……! なんで、ここに」
「僕もね、ずっと気になってたんだ」結樹は肩をすくめた。「『失われた片方が還る日、境界は再び結ばれ、忌み子は――』。あの巻物の予言、氷室冴という名前が出てから、無視できなくなってさ」
「あなたも、無断で?」宵が眉をひそめる。
「語り部衆に、無断も何もないよ。誰も僕の行き先なんて気にしないからね」
結樹はそう言って笑ったが、その笑みには、いつもよりわずかに硬さがあった。
「三人揃うとは、思わなかったよ」結樹は渚を見渡した。「敵同士のはずのふたりが、こんなに自然に並んで立ってるんだから」
紡樹と宵は、思わず顔を見合わせた。指摘されて初めて、その距離感の変化に気づいたような気まずさがあった。
「茶化さないでよ」紡樹が咳払いをする。
「茶化してないさ。……むしろ、羨ましいくらいだ」
結樹の声に、一瞬だけ本音が滲んだ気がした。
その時、波が、いつもより大きくうねった。
海面が、夕暮れのような赤に染まっていく。三人の足元、黒ずんだ砂の上に、うっすらと人影のようなものが浮かび上がった。
「――これは……」
宵が息を呑む。影は輪郭も曖昧なまま、ゆっくりと海の方へ歩いていく。振り返ることのない、後ろ姿だけの影だった。
「氷室冴……なのか?」紡樹が思わず一歩踏み出した。
「待て」結樹が鋭く制した。「安易に触れるな。……この手の残留思念は、下手に刺激すると、二度と観測できなくなることがある」
影は波打ち際まで進み、そのまま渚の向こうへ、溶けるように消えていった。
静寂が戻る。三人は、しばらく声も出せずに、その場に立ち尽くしていた。
「見た、よな……今の」紡樹が掠れた声で言った。
「ええ」宵が短く頷いた。
「僕らはまだ、氷室冴という人の、輪郭にすら触れられていない」結樹が呟いた。「……だが、間違いなく近づいてはいる」
三人の視線が、期せずして同じ場所――影が消えていった、暗い海の向こうに注がれていた。




