第三十八話 放て、破魔の一撃
雷次の巨体が、地を蹴って迫った。
阿形はまっすぐに受けて立った。両者の腕が絡み合い、押し合う足が土を深くえぐる。
「速いだけの若造かと思うたが……なかなかの重さだ!」
「まだまだ、これからです!」
阿形が渾身の力で押し返すと、雷次の体がわずかにたたらを踏んだ。だが、すぐに踏みとどまり、逆に阿形を土俵際まで押し戻す。
「発動配信システム、稼働確認!」鏑木が声を上げた。紡樹のポケットで、スマホが震え続けていた。
――《うおおお押し相撲!?》
――《阿形くん脳筋そうだと思ったらガチの力比べで草》
――《雷次って番人、強すぎん?》
「武甕槌の大神は、力比べの最中、その手を氷柱に、次いで剣の刃に変えて相手を退けたと伝わる。……力だけでなく、変幻自在の技もまた、武の本質よ」
雷次はそう言うと、組み手の形をふいに崩し、低い姿勢から阿形の懐に飛び込んだ。
「くっ……!」
不意を突かれ、阿形の体が浮いた。だが、地に落ちる寸前、阿形は体を捻ってどうにか着地する。
「油断は禁物です、阿形さん!」吽形が声を張った。
「言われなくても、分かってます!」
阿形は拳を握り、正面から雷次に向き直った。
「俺の技は、正面から受けて、正面から打ち返す――それだけです。小細工なんて、いりません!」
拳に、細かい石目の亀裂が走った。淡い光が、みるみるうちに強さを増していく。
「武甕槌の大神は、荒ぶる神も、逆らう者も、正面から打ち払ってきたと聞く。……その力は、隠すことなく、まっすぐに示すためのものだったはずです。だったら俺も、同じでいいはずです!」
「――ほう」
雷次の目に、初めて確かな驚きが浮かんだ。
「――放て、破魔の一撃!」
空間に朱肉の印影が浮かび、金と紫の光が阿形の拳を包み込んだ。渾身の一撃が、雷次の受けた両腕ごと、その巨体を数歩後ろへ弾き飛ばす。
土煙が晴れると、雷次は片膝をついたまま、愉快そうに笑っていた。
「……参った。正面からここまで押し切られたのは、久方ぶりだ」
「発動配信システム、記録完了……!」鏑木が興奮気味に端末を確認した。
雷次は立ち上がり、荒縄の腰を叩きながら、社の奥へと歩き出した。
「案内してやる。ついてこい」
杉木立の奥、苔むした小さな祠の跡に、朽ちかけた石碑が残されていた。
「この杜には、かつて『鹿島神宮寺』のような、武甕槌の大神に仕える寺があったと伝わっておる。武と信仰、ふたつながらに人を鍛える場所だったのだ。……分離令のあと、寺の方は跡形もなく取り壊された。今残るのは、この石碑ひとつだけよ」
阿形が石碑にそっと触れると、指先から遠い記憶が流れ込んでくるようだった。
「俺の力も、元々はふたつで在ったってことですか」
「うむ。攻めの力は、ただ壊すためのものではない。誰かを守るため、正面から立ち向かう覚悟そのものだったのだろうな」
石目の亀裂が、金と紫の輝きを帯びていく。空間に朱肉の印影がひとつ浮かび、静かに溶けて消えた。
「――心紋、刻まれました!」
阿形は自分の拳を見つめ、感慨深そうに呟いた。
「感じるか?」紡樹が尋ねると、阿形は大きく頷いた。
「一撃に込められる想いが、前よりずっと重くなった気がします……!」
「よかったな、阿形!」密迹が肩を叩いた。「これで四人、揃ったな!」
「妾たちお仲間、全員分の心紋が揃ったのじゃな」稲荷が嬉しそうに笑った。
雷次は腕を組み、その光景を満足げに見つめていた。
「良い面構えの朋輩たちだ。……この杜のことは、いつでも思い出してくれ」
「ありがとう、雷次さん」
「鏑木さん、次の候補地は?」紡樹が尋ねる。
鏑木は端末を確認しながら、少し声のトーンを変えた。
「……汐乃宮、あるいは浦戸社、というところが候補に挙がっています。氷室冴殿に縁の深い土地、という記録が残っているようです」
その名前に、紡樹の背筋がすっと伸びた。
「……ついに、か」
紡樹のスマホには、配信を締めくくる直前のコメントが並んでいた。
――《四人全員心紋ゲットおめでとう》
――《次、氷室冴に繋がる話じゃん、来た》
――《この配信、いよいよ核心って感じ》
武甕槌の杜を後にする一行の足取りは、来た時よりも、確かに軽やかだった。




