第三十七話 武甕槌の杜、鳴り響く雷
鳥居渡りの光が収まると、そこは深い杉木立に包まれた森だった。
空気が、これまでのどの訪問先とも違う。ぴりぴりと肌を刺すような、張り詰めた気配が満ちている。
「うおお、すごい気配であります!」阿形が真っ先に飛び出した。「体の奥が疼く感じ、久しぶりです!」
「はしゃぐのはいいですが、迷子にならないでくださいね」吽形が冷静に釘を刺す。
森の奥、苔むした参道の先に、注連縄の巻かれた大きな石が見えた。地面から拳ひとつ分ほど顔を出しているだけの、ただの石にしか見えない。だが、その周囲だけ、明らかに空気が重かった。
「あれは……要石、ってやつですか」紡樹が興味深そうに近づいた。
「私も出発前に少し調べてきたであります!」阿形が胸を張った。「地中に住む大鯰を、地上に出ないよう押さえつけている石だとか。地震を鎮める石、というやつです」
「阿形さんが真面目に予習してくるの、珍しいですね」吽形がからかうと、阿形はむっと頬を膨らませた。
「俺の番なんですから、当然であります! ここは武神の聖地――俺の力と、一番相性がいいはずなんです」
「発動配信システム、待機しておきます」鏑木が端末を構えながら言った。「密迹さんの一件以来、視聴者のみなさんもかなり期待しているようですので」
紡樹のスマホが、ポケットの中で小さく震え続けていた。
不意に、参道の奥から、地を這うような重い足音が近づいてきた。
姿を現したのは、丸太のように太い腕をした、髷を結った大男だった。上半身は裸に近く、腰にだけ荒縄を巻いている。歩くたびに、地面がわずかに軋むような錯覚を覚えた。
「――貴様が、武甕槌の杜を騒がせておる小僧どもか」
低く、腹の底に響くような声だった。
「俺は雷次。この杜で、代々力比べを預かってきた者だ」
「力比べ、ですか」紡樹が聞き返す。
「武甕槌の大神は、かつて出雲の地で、力自慢の神と力比べをなさったという。……互いに手を取り合い、投げ合い、その果てに勝敗を決した。それが、この国の相撲の始まりだと伝わっておる」
雷次はそう言うと、荒縄の腰を叩いてみせた。
「以来、この杜を訪れる者には、まず力比べで由緒を示してもらう。それが、代々の決まりだ」
阿形の目が、みるみる輝いていく。
「――それ、俺がやってもいいですか!?」
「阿形、前のめりすぎです」吽形が呆れたように言ったが、阿形はすでに袖をまくり上げていた。
「望むところであります! 俺の技は、正面から受けて、正面から打ち返す――力比べこそ、望むところです!」
雷次の口元に、初めてかすかな笑みが浮かんだ。
「威勢のいい若造だ。……気に入った」
彼は組み手の構えを取り、地面を一度、重く踏み鳴らした。
「では、参ろうか」




