第二十二話 純血の巫女、揺らぐ
議長席の面々も、傍聴席の祖父も、誰もが息を詰めて宵の言葉の続きを待っていた。
「あの時、わたしが感じたのは、敗北ではありませんでした。もっと別の――」
宵は一度、唇を引き結んだ。それから、絞り出すように続けた。
「安堵、に近い感覚でした」
室内の空気が、目に見えて変わった。書類をめくる手を止めた者、隣の同僚と目を見交わす者――誰もが、この証言の重みを測りかねているようだった。
「誰かが、わたしたちの『分離こそが正しい』という教えを、真正面から覆してくれた。……それを見て、心のどこかで、ほっとしている自分がいたんです。理由は、自分でもまだ、うまく言葉にできません」
宵の声は、最後まで震えなかった。だが、その頬にはわずかに赤みが差していた。これが、自分の陣営の教義を根底から疑う発言だと、彼女自身が一番よく分かっているのだろう。
紡樹は、思わず息を呑んだ。境ノ杜で聞いた「わたしは分からない」という呟きが、今ここで、はっきりとした言葉になって現れたのだと分かった。あの時よりも、今の宵は、確かに一歩前へ踏み出している。
傍聴席の祖父が、目を細めてその様子を見つめていた。長年、神仏分離という壁の向こう側にいた者たちが、少しずつ揺らぎ始めている――そのことに、祖父もまた何かを感じ取っているようだった。
幹部の一人が、身を乗り出すようにして問うた。
「本田宵殿。それは、常宮の教義を否定する発言と受け取ってよろしいか」
「否定、ではありません」宵は静かに首を振った。「ただ、わたし自身の中に、まだ答えの出ていない問いがある、というだけです。……それを、ここで正直に述べることも、証言の務めのうちだと思いました」
その一言に、幹部の何人かが、小さく顔を見合わせた。
議長は、しばらく宵を見つめてから、静かに頷いた。
「貴重な証言、感謝します。……着席していただいて結構です」
宵は一礼し、腰を下ろした。紡樹と目が合うと、彼女はほんの一瞬だけ、困ったように微笑んだ。それは、これまで彼女が見せたことのない表情だった。氷のように冷たかった巫女の顔の下に、こんな表情が隠れていたのかと、紡樹は少しだけ驚いていた。
議長は書類を一枚めくり、口調を改めた。室内の空気が、それだけでぴりりと張り詰めるのが分かった。
「さて。ここまでの証言を踏まえた上で、最後にひとつ、確認させていただきたいことがあります」
その声色に滲む緊張に、紡樹は思わず身構えた。
「――“あの時”の件について、です」




