第二十話 無効値、と表示された日
三年前のあの日は、朝から妙に晴れていた。
全国一斉適性検査――ダンジョン化から間もなく導入された、あの制度の、記念すべき第一回目だった。当時十三歳だった紡樹は、他の同級生たちに交じって、体育館に設けられた簡易の検査場に並んでいた。
「緊張してる?」
隣に並んだ同級生が、笑いながら声をかけてきた。今ではもう名前も朧げな、あの頃だけの知り合いだ。
「別に。……ちょっとだけ」
紡樹は素直に答えた。神社の子だから、きっと神道適性が出るだろう。漠然と、そう思っていた。
順番が回ってくる。掌を専用の水晶板にかざすと、淡い光が走り、画面に数値が表示されていく仕組みだった。
「では、こちらに手を」
係員に促され、紡樹は水晶板に掌を乗せた。光が走る。画面が瞬く。
――そして、止まった。
「……あれ?」
係員が眉をひそめ、機器を叩いたり、コードを確認したりし始めた。
「すみません、少々お待ちを」
数分後、別の係員が呼ばれてきた。ふたりで額を突き合わせ、小声で何か話している。紡樹には、その内容までは聞き取れなかった。だが、ただならぬ空気だけは伝わってきた。
「豊田紡樹くん、だね」
年配の係員が、困惑した顔で紡樹に向き直った。
「君の数値、こちらでは判定不能なんだ。……こんな値、見たことがない」
画面に表示された文字を、紡樹は今でも覚えている。
『無効値』
たったそれだけの、四文字。
周囲がざわめいた。列に並んでいた他の生徒たちが、興味半分、好奇半分の視線を向けてくる。
「え、あの子、エラーなの?」
「なにそれ、初めて見た」
「かわいそう……」
紡樹は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。神道でもない、仏教でもない。ただの「無効」。自分の中に何もないと、機械に断言されたような気がした。
母は迎えに来た時、何も言わずに紡樹の手をぎゅっと握った。それが精一杯の慰めだったのだと、今なら分かる。父は、ただ黙って隣を歩いていた。
その日から三年間、紡樹は「エラー」という言葉と共に生きてきた。誰よりも由緒に詳しくなろうとしたのも、もしかしたら、あの日の悔しさの裏返しだったのかもしれない。
――紡樹は、瞼を開いた。
審議室の空気が、いつの間にか耳に戻ってきていた。長机の向こうの面々が、じっとこちらを見つめている。
「……以上が、三年前に起きたことの、全部です」
紡樹は、震えを抑えながら声を絞り出した。
議長の男は、しばらく無言だった。手元の書類に目を落とし、それから静かに口を開いた。
「当時の検査記録を、こちらでも確認させていただきました。……興味深いことに、その『無効値』というのは、正確には『判定基準の範囲外』という意味なのです」
「範囲外……?」
「ゼロではなく、規格外。貴殿の数値は、当時の測定機器が想定していた範囲を、大きく超えていた」
議長の言葉に、紡樹は言葉を失った。三年間、自分の中には何もないのだと思い込んでいた。だが本当は――測ろうとした物差しの方が、追いついていなかっただけなのかもしれない。
傍聴席の祖父が、そっと目元を拭うのが見えた。傍らに座る本田宵は、身じろぎもせず、じっと紡樹を見つめていた。その表情からは、何を考えているのか読み取れなかったが、少なくとも、以前のような敵意はそこになかった。
議長は書類を閉じ、静かに続けた。
「続けて、二点目の質問に移らせていただきます。……貴殿が現在保持している由緒力について、詳しい説明を求めます」
紡樹は姿勢を正した。ここからが、本当の勝負だった。




