第十九話 審判の間、開かれる
六日という時間は、思っていたより早く過ぎた。
裏山で密迹を仲間に加えてから、紡樹たちは変わらぬ日々を過ごした。稲荷の配信準備の手伝い、阿形と吽形の実戦練習、そして密迹の食欲との格闘――賑やかな毎日の中に、静かに聴聞の足音が近づいていた。
夜な夜なの配信は、いつしか同時接続二百人を超えるようになっていた。コメント欄には「聴聞、頑張ってください」という言葉が、毎晩のように並んだ。見ず知らずの誰かが、遠くから見守ってくれている。その実感が、紡樹の背中をそっと押していた。
そして迎えた当日の朝。
「紡樹さま、身支度は整いましたか」
稲荷の声に、紡樹は鏡の前で頷いた。普段どおりの格好だが、いつもより背筋が伸びている気がした。
「うん。……行こうか」
由緒管理機構の本部は、隠れ古宮から鳥居渡りで数分の距離にあった。透明な鳥居をくぐると、そこには近代的なガラス張りの建物がそびえていた。神社仏閣とは似ても似つかない、無機質な空間。
「紡樹さん」
出迎えたのは、鏑木彰だった。心なしか、いつもより表情が硬い。
「聴聞は、三階の審議室で行われます。……緊張、してますか」
「正直、めちゃくちゃしてます」
紡樹が素直に答えると、鏑木はわずかに口元を緩めた。
「大丈夫です。あなたがここまで積み重ねてきたものは、ちゃんと伝わるはずですから」
鏑木はそう言うと、周囲を軽く見回してから、少しだけ声を落とした。
「これは私の独り言なので、聞かなかったことにしてもらって構いませんが……。上層部の中にも、あなたのことを興味深く見ている人はいます。悪いようにはならないと、私は信じています」
その言葉に、紡樹は小さく頷いた。
エレベーターで三階に上がると、重厚な扉の前に阿形たちが並んだ。
「俺たちもついてます」阿形が力強く言った。
「僕らは扉の外で待機ですが、気持ちは中にいます」吽形も静かに頷く。
「案ずるな、主よ。何があろうと、我らは味方なり」密迹の低い声が、不思議と心を落ち着かせた。
「妾たちの想い、しかと届けよ」稲荷が静かに背中を押した。
紡樹は深呼吸をひとつして、扉を押し開けた。
広い審議室の奥、傍聴席の隅には、祖父の姿もあった。付き添いを申し出た祖父を、鏑木が特別に許可してくれたのだ。祖父は何も言わず、ただ小さく頷いてみせた。それだけで、紡樹の足取りは少し軽くなった。
長机の向こうに並んでいたのは、由緒管理機構の幹部らしき数名と、白い狩衣をまとった見覚えのある巫女――本田宵の姿だった。常宮からの監視役として、送り込まれてきたのだろう。宵は紡樹と目が合うと、わずかに視線を逸らした。その横顔には、以前のような冷たさだけではない、何か複雑な色が浮かんでいるように見えた。
室内は、しんと静まり返っていた。誰かが咳払いをする音さえ、やけに大きく響く。
議長席に座った初老の男が、静かに口を開いた。その声には、感情の色がほとんど感じられなかった。長年こうした審議を重ねてきた者だけが持つ、乾いた響きだった。
「豊田紡樹殿。本聴聞は、貴殿の由緒――両属性同時反応の正当性について審議するものである。……まず伺いたい」
男の視線が、鋭く紡樹を射抜いた。
「三年前、貴殿の適性検査で何が起きたのか。当時の記憶を、できるだけ詳しく聞かせていただけますか」
紡樹の心臓が、大きく跳ねた。
三年前のあの日の記憶が、鮮明に蘇ってくる。まだ何も知らなかった、ただの少年だった日の記憶が。




