第十八話 六日後へ、紡ぐ夜
下山した頃には、日はすっかり傾いていた。
境内に戻ると、母が慌てて飛び出してきた。
「紡樹、おかえり……って、また新しい方が増えてる!?」
母は密迹の巨躯を見上げ、目を丸くした。
「密迹と申す! 以後、よろしく頼む!」
密迹が朗々と名乗ると、母は一瞬たじろいだものの、すぐに気を取り直して頭を下げた。
「あ、ええと……よろしくお願いします。ご飯、たくさん作らないとですね」母は苦笑いしながら、それでもどこか嬉しそうに袖をまくった。
「おお、飯とな! それは楽しみだ!」
父は少し離れたところから、その様子を黙って眺めていた。だが、密迹と目が合うと、小さく頷いて見せた。密迹もまた、心得たように頷き返す。言葉はなくとも、何かが通じ合ったようだった。
その夜の夕食は、いつもより一段と賑やかだった。密迹は出された料理を次から次へと平らげ、母を驚かせた。
「美味い! これほどの馳走、百五十年ぶりぞ!」
「そんなに褒められると、こっちが照れるわね」母は苦笑しながらも、まんざらでもなさそうにおかわりをよそった。
祖父は自分の膳を前に、ゆっくりと箸を進めながら、賑やかな食卓を眺めていた。その目元は、どこか安堵しているようにも見えた。
食後、片付けを終えた紡樹は、縁側に出て夜風に当たった。密迹が隣に腰を下ろし、ぽつりと呟いた。
「主よ、ひとつ聞いてもよいか」
「なに?」
「お前は、なぜそこまで、我らのために動く。血縁でもなければ、義理もなかろうに」
紡樹はしばらく考えてから、静かに答えた。
「みんな、独りぼっちで、誰にも気づかれずに、ずっと頑張ってきたんだよね。……それを知ってて放っておくのは、なんか違う気がして」
密迹は満足げに頷き、それ以上は何も言わなかった。星空の下、ふたりはしばらく、同じ夜を見上げていた。
「聴聞まで、あと六日、か」
紡樹は縁側に座り込み、疲れた足を伸ばしながら呟いた。密迹を加えた四神使と紡樹の姿を、祖父が目を細めて見つめている。
「仲間は増えた。証も見つけた。……あとは、六日後にどう証明するかじゃな」
「証明も何も」密迹が胸を張った。「事実をありのままぶつければよかろう! 我らがついておるのだ、恐れることなど何もない!」
「密迹の言う通りかもね」紡樹は笑った。「でも、ただ力を見せるだけじゃなくて、ちゃんと由緒を語れるようにしておきたい。……今夜も配信、やろうかな」
「密迹さまも配信に出られますか」阿形が驚いた声を上げた。
「もちろん出るぞ! 我の雄姿を、多くの者に知らしめる好機ではないか!」
密迹の食いつきの良さに、紡樹たちは思わず笑ってしまった。
「賑やかになったのう」稲荷が呆れたように、それでもどこか嬉しそうに呟いた。
祖父は縁側に腰掛け、賑やかな五人を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「豊守神社が、こんなに賑やかになる日が来るとはな……。景清様も、きっと喜んでおられよう」
「じいちゃんのおかげだよ」紡樹は素直に頭を下げた。「ずっと、ひとりで守ってきてくれたから」
「わしひとりの手柄ではない。……お前の代で、ようやく形になったんじゃ」
祖父の言葉に、紡樹は何も言えず、ただ小さく頷いた。
「さて」密迹が立ち上がり、拳を打ち鳴らした。「聴聞とやら、六日後なのだろう。我も、しかと立ち会おうぞ」
「頼りにしてる」
「案ずるな。我は百五十年、耐えることには慣れておる。……だが、もう耐えるだけの日々は終わりじゃ。これからは、共に前へ進む番よ」
密迹の言葉に、紡樹はしっかりと頷いた。
紡樹は空を見上げた。星が、いつもよりくっきりと瞬いている気がした。
その夜の配信は、これまでで一番の賑わいになった。密迹が張り切って自己紹介を始めると、コメント欄は悲鳴にも似た歓声で埋め尽くされた。
――《え、めっちゃデカいのが増えてるんだが》
――《声が渋すぎて草》
――《この配信、日に日に情報量やばいて》
紡樹は仲間たちの騒がしい声を背に、画面の向こうの誰かに向けて、小さく呟いた。
「六日後、ちゃんと胸を張って行くから。……見ててね」
密迹が横から画面を覗き込み、大声で割り込んだ。
「案ずるな、視聴者諸君! この密迹も、しかと味方するぞ!」
コメント欄がさらに沸き立つのを見て、紡樹は思わず苦笑した。賑やかすぎる仲間たちだが、それが今は、何より心強かった。誰も欠けることなく、この六日を乗り越えていく――そう心に決めて、紡樹は静かに配信を締めくくった。画面が暗転する直前、コメント欄に流れた「頑張って」の一言が、いつまでも目に焼きついていた。誰か一人の応援でも、確かな力になる――紡樹はそのことを、この夜、改めて実感していた。
隠れ古宮の夜が、また賑やかに更けていく。聴聞という重い期限に向かって、それでも一日一日を、確かに紡いでいくように。




