第十六話 百五十年の孤独
「我が名は密迹! 那羅延亡き後、この地に眠る由緒を、独りで守り抜いてきた者なり!」
密迹は分厚い胸を反らし、拳を振り上げた。石像だったとは思えないほど、表情が生き生きと動いている。
「那羅延……もう一体の仁王は……」
「知らぬ」密迹の声が、一瞬だけ低くなった。「気づいた時には、我ひとりだった。……おそらく、この場所に運ばれる前に、失われたのであろう」
「そっか……」
「悲しむな! 我は嘆くために目覚めたのではない! 守るべきものを、ようやく守り抜いたのだからな!」
一転して豪快に笑う密迹に、紡樹たちは思わず顔を見合わせた。
密迹はその様子を見回し、ふっと目を細めた。
「ふむ……お前たちのような朋輩がいるとは、悪くない。我も、これからは独りではないのだな」
言葉の端に滲む、長い孤独の重み。紡樹はそれを聞き逃さなかった。
「密迹、百五十年、ずっとひとりだったんだよな。……つらくなかった?」
密迹は少し黙り込んでから、意外にも穏やかな声で答えた。石の巨体には似合わない、静かな声だった。
「つらくない、と言えば嘘になろう。だが、退屈はしなかったぞ」
「退屈しなかった……?」
「石になって眠っていても、この地の由緒を通して、外の気配は薄っすらと感じ取れるものでな。……何十年かに一度、この山に登ってくる者がおった。景清様の血を引く者たちじゃ。手を合わせ、何かを祈って帰っていく。その気配を感じるたび、我は独りではないのだと、自分に言い聞かせておった」
紡樹の脳裏に、祖父が語っていた話が蘇る。
「じいちゃんの、そのまたじいちゃんが、裏山に向かって手を合わせてたって話……」
「うむ、覚えておるとも」密迹は大きく頷いた。「あの者の祈りは、ことのほか長かった。おかげで、退屈せずに済んだわ」
祖父が驚いたように目を見開いた。
「まさか、あの時の気配に、気づいておったのか……」
「無論じゃ。眠りは深くとも、耳までは塞がっておらぬ」
密迹はにやりと笑い、それから紡樹の肩に、そっと大きな手を置いた。石像だった頃の名残か、その手はひんやりと冷たく、それでいてどこか優しかった。
「主よ、我が力、存分に振るうと誓おう。この身は、もう二度と独りで山に置き去りにはさせぬ」
「うん」紡樹は目頭が熱くなるのを堪えながら頷いた。「これから、よろしくな」
「なんか、賑やかな人が増えたであります」阿形が苦笑した。
「熱いのう」稲荷も呆れ半分で肩をすくめる。「じゃが、悪い気配ではないのじゃ」
「よろしくお願いします」吽形が律儀に頭を下げた。「戦力としても、かなり頼りになりそうです」
密迹は四人を見回し、満足げに腕を組んだ。
「うむ、実に頼もしい面構えぞろいじゃ。……さて、いつになったら暴れられるのだ?」
「気が早いよ」紡樹は思わず吹き出した。「でも、力を確かめておきたいのは分かる。ちょっとだけ、見せてくれる?」
「望むところよ!」
密迹は拳を握り込み、傍らの岩に向かって振り下ろした。石の拳に細かい亀裂の紋様が走り、淡く発光する。
「――砕けよ、金剛咆哮!」
轟音とともに、岩が粉々に砕け散った。土煙が晴れると、密迹は満足げに拳を開いてみせる。細かい石粉が、まだ拳の周りで淡く光を残していた。
「これが我の力ぞ! 敵の攻めをすべて受け止め、その勢いごと打ち返す!」
「頼もしすぎるであります……」阿形が乾いた声で呟いた。
「攻撃も防御も兼ねる、というのは珍しいタイプですね」吽形が興味深そうに分析した。「相性次第では、僕の不動の理とも役割が被りそうです」
「なに、被って構わぬ。守りは重ねるほど堅固になるものぞ!」
密迹の豪快な返しに、吽形は毒気を抜かれたように小さく笑った。
「稲荷、その気配、感じ取れる?」紡樹が尋ねた。
「うむ……何と言えばいいか。頼れる岩、という感じなのじゃ。うまく言葉にできぬが」
「それでいい」紡樹は満足げに頷いた。「言葉にできないくらい、頼もしいってことだよね」
祖父も、その光景をどこか感慨深そうに見つめていた。
「まさか、こんな日が来るとはな……。密迹殿、長らくご苦労であった」
「なに、礼には及ばぬ」密迹は快活に笑った。「これからは、退屈する暇もなさそうだからな!」




