第十三話 聴聞まで、あと六日
紡樹は祖父に、結樹との出来事を打ち明けた。
「裏山の本尊のことを、あの闇の解釈派が……」
祖父の顔が、目に見えて曇った。
「そうか……歴史に取り憑かれた者には、隠しごとほど匂うものなのかもしれんな」
「じいちゃん、裏山、確かめに行った方がいいんじゃないの?」
「……そうじゃな」祖父は湯呑みを両手で包み込むようにして、しばらく黙り込んだ。「わしも、もう何十年も、あの山には登っておらん。景清様が埋めたという場所も、正確には伝わっておらんのじゃ」
祖父は遠い目をして、ぽつりと続けた。
「わしが子供の頃、わしの祖父――景清様から見れば、ひと代あとの子にあたる者じゃな――が、裏山に向かって手を合わせているのを、一度だけ見たことがある。何をしているのか聞いても、はぐらかされるだけじゃった。今思えば、あれが本尊への祈りだったのかもしれん」
「そんな昔から、ずっと隠され続けてたんだ……」
「近いうちに、な」
「一緒に探しに行こうよ。稲荷たちもいるし」
祖父は少し驚いたように紡樹を見て、それから小さく笑った。
「頼もしくなったもんじゃ」
祖父がそう言いかけたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。母が応対に出て、すぐに戻ってくる。
「紡樹、由緒管理機構から、書類が届いてるわよ」
差し出された封筒には、鏑木彰の名前と、こう記されていた。
『正式聴聞のご案内――来る一週間後、豊田紡樹殿の出頭を求む』
紡樹の心臓が、大きく跳ねた。
「聴聞……本当に来た」
祖父の表情が、これまでにないほど硬くなった。
「じいちゃん……?」
「……昔、聞いたことがある」祖父はぽつりと呟いた。「わしがまだ若かった頃、どこかの土地で、両方の適性を持つ者が現れて、機構に聴聞を求められた、という噂じゃ。……その者が、その後どうなったか、誰も知らんのじゃと。歴史から、名前ごと消えたようにな」
紡樹の背筋が、冷たくなった。それは、葵と宵が話していた「かつて習合を成し遂げた者」――そして、機構の鏑木でさえ知らないという「一例」と、同じ話に違いなかった。
「大丈夫だよ、じいちゃん」紡樹は、努めて明るく言った。「今度は、僕がその『続き』をちゃんと語ってみせるから」
祖父はしばらく紡樹を見つめ、それから深く頷いた。
「一週間後、か」祖父が封筒を覗き込んだ。「それまでに、裏山のことも、はっきりさせておきたいところじゃな」
その様子を見ていた阿形が、腕まくりする仕草をした。
「よし、なら明日にでも山を探しに行きます。俺と吽形が先陣を切ります」
「先陣を切って迷子になるのは、いつも阿形の方です」吽形が冷静に突っ込む。
「うるさいです! 今回は本気出しますって!」
「妾が地図と由緒の記録を調べておくのじゃ」稲荷が静かに申し出た。「無闇に山を歩き回るより、当たりをつけてからの方がいいのじゃ」
紡樹は、賑やかな仲間たちの様子を眺めながら、小さく息をついた。聴聞という重い言葉と、明日への具体的な一歩――ふたつの現実が、同時に胸の中にあった。
「一週間か……」紡樹は封筒をもう一度見つめた。「じいちゃん、僕、ちゃんと胸を張って行けるようにしたい。あの聴聞に」
同じ頃、由緒管理機構の本部では、鏑木彰が上司の前で書類にサインをさせられていた。
「聴聞の担当、本当に私でいいんですか」
「お前が現地調査を担当したんだ。責任を持て」上司は素っ気なく言った。「それに、お前は例の“あの時”の記録に、やけに関心を持っていたようじゃないか」
鏑木は表情を変えなかったが、内心では動揺していた。
「……上層部は、豊田紡樹をどうするつもりなんですか」
「それを決めるのが、聴聞だ」上司はそれだけ言うと、席を立った。
鏑木は、机に残された『正式聴聞のご案内』の控えを、しばらく見つめていた。あの朝、境内で交わした言葉――「個人的には、応援していますよ」――が、自分にできる精一杯の誠意だったのか、それとも無責任な気休めだったのか、彼女自身にもまだ分からなかった。
――――――――
その夜遅く、隠れ古宮では、紡樹が自室の明かりの下で、古い地図と家系図を広げていた。稲荷が用意してくれた、豊守神社に伝わる帳簿の写しだ。
「景清様、か……」
紙面に記された名前を、指でなぞる。会ったこともない五代前の先祖が、今の自分と同じように、何かを守るために必死だったのだと思うと、不思議な親近感が湧いた。祈るような気持ちで、紡樹は地図の裏山の等高線を、もう一度ゆっくりとなぞり直した。
障子の向こうから、稲荷の声がした。
「紡樹さま、まだ起きておられるのじゃ?明日も早いのじゃぞ」
「うん、もうちょっとだけ」
「無理は禁物なのじゃ。……ですが」稲荷は少し間を置いてから続けた。「そうやって、ひとつひとつ確かめようとする紡樹さまだから、妾たちも安心してお仕えできるのじゃ」
紡樹は、その言葉に少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
窓の外、裏山の稜線が、月明かりの下にぼんやりと浮かんでいる。
「待っててね。ちゃんと、見つけ出すから」
紡樹の呟きは、静かな夜の空気に溶けていった。
裏山の向こう、まだ誰も知らない真実が、静かに紡樹を待っている。そして一週間後には、隠れ古宮の存在そのものを問う聴聞が待っている。ふたつの締め切りが重なる中、紡樹は自分がもう後戻りできない場所に立っていることを、改めて実感していた。隠れ古宮の夜は、静かに、しかし確実に、次の局面へと動き始めていた。




