ドロップアイテムと、完全なる不審者
何度目の挑戦か、もう数えるのは止めた。
森の入り口。そこはもはや、俺という人間の死体で埋め尽くされた不気味な墓標の回廊だ。
俺は、最新の俺の死体から一振りの刀を引き抜いた。
『無銘の錆刀』。街の鍛冶屋の砥石で削るように研ぎ澄ました鉄の塊。
肉体はリセットされても、この刀の鋭さだけは俺の死体を中継地点にして現在へと持ち越されている。
「……来い。」
茂みが揺れる。
現れたのは、あの忌々しい水色の弾丸。
あいつが擬態を解き、顎を広げる瞬間のわずかな歪み。何度も殺され、網膜に焼き付けたその予備動作を、今の俺は見逃さなかった。
あいつが跳ねる。
極限まで張り詰めた神経が、一瞬だけ世界の時間を引き伸ばしたように錯覚させる。
あいつの牙の隙間、核へと続く唯一の道筋。
俺は最小限の動作で顎をかわし、踏み込んだ。
ドシュッ。
手応えは、今までのどんな死の瞬間よりも鮮烈だった。
刀身がスライムの核を両断し、粘液が火花を散らすように霧散する。
直後、崩れ落ちた巨体の跡に、淡く光る小さな結晶体が転がった。
俺がそれに手を伸ばし、刀の柄が触れた瞬間だった。
結晶が光の粒子となって刀身に吸い込まれ、視界にシステムウィンドウが浮かび上がる。
【『無銘の錆刀』が強化されました(+1)】
「……プラス、いち?」
刀を振ってみる。
先ほどまでのただの重い鉄の塊とは違う。刀身を覆う錆の奥から、かすかな魔力の脈動が手に伝わってきた。明らかに、武器としての根本的な威力が底上げされている。
システムによる、ドロップアイテムでの武器強化。
「……ははっ、なるほどな」
俺は血まみれの顔を歪めて笑った。
抽選のノイズを消し、刀一本だけを死体に残す方法なら、この『強化値』も失われることなく次へ持ち越せるはずだ。
一万回死んでも、十万回死んでも。この刀に蓄積された強化値だけは、絶対に裏切らない。
初めて手にした希望。
全身の疲労が、今さらになって重圧となって押し寄せてくる。
俺は刀を提げたまま、震える足取りで森を抜け、街へと引き返した。
◆ ◆ ◆
街の喧騒。
無人の店が並ぶ中、唯一、明かりが灯っている場所があった。
宿屋だ。
死ぬことでしかリセットできなかった疲労が、生き残ったことで限界を超えている。一刻も早く倒れ込みたかった。
俺は自分が血まみれのパンツ一丁であることも忘れ、宿の扉を押し開けた。
「……すまない、休ませてくれ」
カウンターに歩み寄る。
そこにいたのは、今まで見かけなかった、輝くような金髪をポニーテールにした少女だった。
自警団の証だろうか、軽やかな革鎧を身に纏った彼女は、俺の姿を見るなり、手にしたお盆を床に落とした。
「は……? え……、きゃあああああああっ!?」
鼓膜を劈くような悲鳴。
少女は顔を真っ青にして飛び退き、カウンターの奥から護身用らしき木刀を引き抜いた。
「な、何その格好!? 不審者! 変態! 近寄らないで!」
「……うるさい。客だ。スライムを倒して、疲れてる」
「スライム一匹でなんでパンツ一丁になってんのよ! 嘘つかないで! 通報するわよ!」
少女の瞳にあるのは、純度百パーセントの恐怖と嫌悪だった。
無理もない。深夜の宿に、下着姿で血濡れの刀を引きずった男が現れたのだ。俺が自警団なら問答無用で斬り捨てている。
「頼む……。床でもいい。もう、一歩も動けな……」
俺の言葉は最後まで続かなかった。
視界が明滅し、糸が切れたように膝から崩れ落ちる。
「えっ、ちょっと! ここで倒れないでよ! ほんとに血まみれじゃない! 衛兵! 誰かーっ!」
少女のパニックに陥った声が遠ざかる。
だが、俺の右手は、気を失う瞬間まで『無銘の錆刀+1』の柄を固く握りしめて離さなかった。
翌朝。
俺は宿の裏手にある薄暗い薪小屋で目を覚ました。
どうやら、あの少女――アリアという名札をつけていた彼女が、変態を客室に入れるのは拒否しつつも、見殺しにはできずにここまで運んでくれたらしい。
体がひどく痛む。だが、生きている。
手元には、昨日と同じ鈍い光を放つ刀がある。
「……+1、か」
俺は薪小屋の天井を見上げ、小さく呟いた。
これから何万回、この強化を繰り返せば魔王に届くのか。
気が遠くなるような作業。だが、俺がこの世界で生き残る道は、これしかない。
この日、俺の終わりのない『強化』の地獄が、本格的に幕を開けた。




