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確定ガチャと、錆びた鉄

夜明けの広場。

 噴水の縁に座り込んだまま、俺は白み始めた空を見上げていた。

 俺の足元で、ただ一つだけ新品の輝きを放つ真っ白な下着。

 こいつは、死んでもロストしない。俺と一緒に必ずここへ戻ってくる。なぜなら、こいつは最初からシステムの「抽選対象」から外れている特例だからだ。


その事実に思い至った時、俺の脳内に一つの仮説が閃いた。


死ぬたびに、持ち物の抽選が行われる。

 選ばれたアイテムは死の直前の姿で「死体」に残り、選ばれなかったアイテムは世界から完全に消滅する。

 ……では、もし。

 もし、俺が「たった一つのアイテム」しか所持せずに死んだら、どうなる?


抽選プールの中身が一つしかなければ、ランダムもクソもない。確率は一〇〇パーセントだ。

 引き継ぐものが一つしかなければ、それは確実に、次の周回の俺の死体に残される。


「……試す価値は、ある」


俺は立ち上がった。

 広場の隅にある、プレイヤーに初期装備を配布するための無人の武器屋へ向かう。

 初心者用の剣、皮の鎧、魔法の杖。

 俺はそれらの一切に触れなかった。一度でも触れてしまえば、それが「所持品」としてシステムに認識され、抽選のノイズになるかもしれないからだ。


店の中を慎重に物色し、埃を被った木箱の奥に、それは立てかけられていた。

 鞘もない、ひどく錆びついた一本の打刀。

 初期装備の選択肢にすら入っていない、ただの鉄のガラクタだ。

 だが、初心者用の薄っぺらい鉄剣とは違い、その刀身には確かな質量と厚みがあった。


「……お前でいい。いや、お前がいい」


俺は慎重に、その錆びた刀だけを手に取った。

 他の物には一切触れない。服も、鎧も、回復薬も要らない。

 俺は真っ白なパンツ一丁の姿で、右手にその重い刀だけを提げ、再びあの森へと向かった。


◆ ◆ ◆


結果は、言うまでもない。

 森の入り口で待ち構えていたあの水色の悪魔に、俺は為す術もなく蹂躙された。

 刀を振り上げるよりも早く腹を食い破られ、内臓を引きずり出されて絶命した。


だが。


【あなたは死亡しました】

【ランダム抽選を開始します……】


暗闇の中で、電子音が鳴る。

 俺は、血の味にむせ返りながら、狂ったように笑い声を上げた。


【『無銘の錆刀』を次周へ引き継ぎます】

【ロストしたアイテムはありません】


「ははっ……あははははっ! ざまぁみろ、クソシステムが!」


ビンゴだ。

 ノイズを全て排除すれば、この悪辣なランダム抽選は「確定」へと変わる。

 意識が浮上し、再び始まりの広場に降り立った俺は、脇目も振らずに森へと走り出した。

 痛覚の残滓など、もう気にならなかった。


森の入り口。

 そこに、八体目となる「俺の死体」が転がっていた。

 腹を食い破られ、無惨に横たわるパンツ一丁の死体。

 その血まみれの右手が、しっかりとあの『無銘の錆刀』を握りしめている。


俺は自分の死体の指をこじ開け、刀を引き抜いた。

 そして、襲いかかってきたスライムに一太刀だけ浴びせ、再び顎に頭を砕かれて死んだ。


【『無銘の錆刀』を次周へ引き継ぎます】

【ロストしたアイテムはありません】


九度目の復活。

 俺はまた森へ走り、頭を砕かれた自分の死体から刀を奪い取る。

 スライムの粘液に弾かれ、刃こぼれした刀。


俺はそのままスライムには挑まず、街へ引き返した。

 無人の鍛冶屋に忍び込み、砥石を見つけ、刃こぼれした刀を無心で研ぎ上げた。

 火花を散らし、錆を落とし、刃先を鋭くしていく。


研ぎ終わった刀を持ち、再び森へ向かう。

 研ぎ澄まされた刃でスライムを斬りつけ、ほんの数ミリだけ粘液を切り裂き……そしてまた、喉を食い破られて死んだ。


【『無銘の錆刀』を次周へ引き継ぎます】


十度目の復活。

 森へ行き、血まみれの死体から、さっき俺が研ぎ上げたばかりの、鋭い刃を保った刀を引き抜く。


「……繋がった」


俺は、冷たくなった自分の死体を見下ろしながら、確かな希望に震えていた。

 この方法なら。

 死体というバトンを使って、この刀の『状態』を永遠に未来へと持ち越すことができる。

 街で鍛え、森で死に、次の俺がそれを回収し、また鍛え、また死ぬ。


防具なんて要らない。他の武器も要らない。

 余計なものを持てば、この「確定」の鎖が途切れてしまう。

 俺はパンツ一丁のまま、この世界でただ一つの武器だけを、延々と鍛え続けることができるのだ。


森の奥で、スライムの顎が鳴る音が聞こえた。

 俺の足元には、数え切れないほどの「俺の死体」が積み重なっている。

 どれもパンツ一丁の、滑稽で無惨な姿だ。


「……待ってろよ、化け物」


俺は死体から奪い取った刀を構え、血塗られた森の奥へと足を踏み出した。


今日から、一万回でも、十万回でも死んでやる。

 お前のそのふざけた顎を、この鉄の塊が一刀両断できるようになるまで。

 俺と、俺の死体たちの、果てしない鍛冶の時間が始まった。

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