魔境祭りの熱狂と、激重なるお世話合戦
「――現在、我が領地の人口は五万人を突破しました。区画整理は機能していますが、文化の違う彼らを真の意味で『一つの領民』としてまとめ上げるには、強烈な一体感……すなわち、領地を挙げた巨大な『祭り』が必要ですわ」
領主の館の執務室。セレーナが提示したその提案により、この街で初の大型イベント『第一回・魔境豊穣祭』の開催が決定した。
方針が決まってからの数日間、俺の生活はまさに地獄だった。
数万人が集まる広場の整地(物理)、夜空を彩る魔法花火のための巨大魔石の確保(ワンパン採掘)、そして来客用の安全なルート開拓など、俺の規格外の力を必要とする力仕事が山のように押し寄せてきたのだ。
「領主様、あっちの山の切り崩しもお願いします!」
「ハルト伯爵! 祭りの目玉になる特級魔獣の肉がもっと必要です!」
領民たちのキラキラした瞳におだてられ、俺は朝から晩まで駆けずり回った。
祭りの準備という熱狂の渦の中で、王都仕込みの窮屈な服を脱ぎ捨ててパンイチになる隙など、一秒たりとも与えられなかったのだ。
「……あー、もうダメだ。限界」
そして祭りの前夜。
全ての下準備を終わらせた俺は、執務室の巨大な本革ソファに、服を着たまま泥のように倒れ込んだ。
10万年のループで数億回死んだ時よりも、謎の精神的疲労が重くのしかかっている。指一本動かす気力すらなく、俺はただ目を閉じて意識を手放そうとした。
ガチャリ、と。
執務室の重厚な扉が開く音がした。
「ハルト様……。やはり、ここで倒れていらっしゃいましたか」
「ちょっとハルト! ご飯も食べずに寝るなんて許さないわよ!」
「ふぇぇ……っ、ハルトさん、すごくお疲れです……私が、私が癒やさなきゃ……っ」
現れたのは、セレーナ、アリア、リナの三人だった。
足音がソファに近づき、ふわりと、それぞれ違う三種類の甘い香りが俺を包み込む。
「ハルト様、失礼いたします。さあ、頭をこちらへ」
セレーナがソファの端に優雅に腰を下ろすと、俺の頭をそっと持ち上げ、自分の柔らかい太ももの上――極上の膝枕へと乗せた。
彼女の冷たく細い指先が、俺のこめかみを優しく、極上の手付きで揉みほぐしていく。
「ちょっとセレーナ、抜け駆けはずるいわよ! ほらハルト、口開けなさい! 滋養強壮に効くバジリスクの特製スープ、徹夜で煮込んできたんだから!」
アリアが俺の顔の横に座り込み、スプーンで温かいスープをすくい、ふーふーと息を吹きかけてから、半強制的に俺の口へと運んできた。
胃袋に染み渡る、優しくて力強い味。それと同時に、彼女がポニーテールを揺らすたびに、柔らかな胸が俺の肩に押し当てられている。
「あ、アリアさんもずるいです……っ! わ、私だって……!」
リナは半泣きになりながら、俺のもう片方の腕に両手でぎゅっとしがみつき、自らの体を密着させてきた。
彼女の小さな体から、聖なる回復魔法の光がじんわりと俺の体に流れ込んでくる。
頭はセレーナの膝の上。右にはアリア、左にはリナ。
逃げ場のない、完全に包囲された状態での超絶お世話合戦。
男としては天国のような状況だが、今の俺にはそれを楽しむ気力すら残っていなかった。
「……お前ら、悪いけど今日はもう、寝かせて……」
「ダメですわ。貴方は、自分一人で全てを抱え込みすぎなのです。わたくしだけは、貴方がどれほど理不尽な孤独を戦い抜いてきたか、その『欠片』を知っています。……だから、わたくしの膝の上でだけは、本当の安らぎを与えてさしあげたいのです」
セレーナの声は、普段の冷静さとは違う、熱を帯びた執着に濡れていた。
だが、それにアリアがすぐに噛み付く。
「頭がいいからって、ハルトの全部を理解した気にならないでよね! ハルトがどれだけボロボロになっても、私が美味しいご飯を作って、その帰る場所(胃袋)を守り続けてきたのよ! 私だけが、ハルトの本当の笑顔の作り方を知ってるんだから!」
「ふぇぇ……っ、お二人とも、違います……っ! ハルトさんの背中が、どれだけのものを背負って傷ついてきたか……何万回も、何十万回も……っ!」
三人の視線が俺の頭上で激突し、バチバチと青白い火花を散らす。
それぞれが、無意識の奥底に眠る「10万年の記憶の残滓」に突き動かされ、『私だけが彼を救える』という強烈な自負とマウントをぶつけ合っているのだ。
「ねえ、セレーナ、リナ。……私たち、いがみ合ってる場合じゃないかもね」
ふと、アリアが暗く淀んだ瞳で呟いた。
「ええ。ハルト様は、少し目を離せば、すぐに無茶をしてどこかへ行ってしまう……。わたくしたちが、この方を『管理』しなければ」
「はい……。私たち三人で……ハルトさんが、私たちなしじゃ生きていけないくらい、骨の髄まで甘やかしてあげましょう……っ」
三人の声色が、ピタリと揃う。
それは、恋のライバルに対する牽制を超えた、もっと恐ろしくて甘い『共依存』の結託だった。
俺という規格外の存在を縛り付けるため、彼女たちは互いの重すぎる愛を認め合い、連携して俺を「駄目にする」方向へと舵を切り始めたのだ。
「さあハルト様、もっと力を抜いて。わたくしに全てを委ねなさい……」
「もっと食べて、ハルト。私が一生、あんたの体を満たしてあげるから……」
「私の魔力で、ずっと、ずっと心地よくしてあげますね……えへへ……」
耳元で囁かれる三つの極上の声。
頭を撫でられ、胃袋を掴まれ、魔法で肉体を溶かされる。
10万年という時間が生み出した、三者三様の重たすぎる愛の奔流が、疲弊しきった俺の意識を底なしの沼へと引きずり込んでいく。
(……あー、マジで重い。愛が重すぎる。……早く、パンイチになりてぇ……)
理不尽な魔王も、システムのバグも一撃で粉砕できる俺の拳は、彼女たちのこの「甘すぎる暴力」の前には何の役にも立たない。
俺は抵抗することを完全に諦め、ヒロインたちの愛という名の拘束着に包まれながら、深い眠りへと落ちていくのだった。




