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魔境のゴールドラッシュと、成金農夫の凱旋

「ハルト様、街に活気が出るのは素晴らしいことですが、さらなる発展のためには『野心ある者』を呼び込む必要がありますわ」


領主の館の執務室。セレーナが優雅にページをめくりながら、俺に次の戦略を提示してきた。

 俺はと言えば、机の下でガッツリとトランクス一丁になり(もはやこれが俺の正装だ)、ひんやりとした椅子の感触を楽しんでいた。


「野心? 飯が食えて、安全な家がある。それだけで十分だろ?」


「いいえ。人は、最低限の生活が保障されると次に『贅沢』を求めるものです。そして『この街に行けば一攫千金が狙える』という強烈な成功例……いわゆるドリームを提示することで、他領から優秀な技術者や大商人を引き寄せることができるのですわ」


なるほど。セレーナの言うことはいつも合理的だ。

 俺は10万年のループの中で見てきた「ある男」のことを思い出した。


「……よし。それなら心当たりがある。農業区画にいるガンツを呼んでくれ」


◆ ◆ ◆


ガンツは、数週間前に王国の隣領から逃げてきた、元は食うや食わずの貧しい小作農だった。

 俺が呼び出した時、彼はまだ泥にまみれたボロボロの作業着を着て、おどおどと震えていた。


「は、ハルト伯爵様……っ。あっしが何か、悪いことでもしちまったんでしょうか……っ」


「いや、逆だ。お前に『夢』を見せてやろうと思ってな。……これを使え」


俺はガンツに、一掴みの『原初の豊穣土』と、聖水の詰まった小瓶を渡した。

 さらに、インベントリから取り出した『神のゴッド・シード』を一粒、彼の手に握らせる。


「これを庭に埋めて、聖水で薄めた水を与えろ。一晩経ったら、それを王都の市場で売ってこい」


ガンツは半信半疑のまま、言われた通りに作業をした。

 そして翌朝。彼の庭には、太陽の光を浴びて黄金色に輝く、見たこともないほど巨大な『黄金のリンゴ』がたわわに実っていた。


「な、なんだこりゃあ……っ!? 一晩で、こんな神々しい実が……っ」


「さあ、王都へ行ってこい。セレーナが手配した護衛をつけてやる。好きなだけ金を使って、この街の自慢をしてこい」


◆ ◆ ◆


数日後。王都からほど近い大商業都市は、一人の「成金」の出現に騒然としていた。

 高級馬車を何台も連ね、全身を最高級のシルクで包み、宝石をジャラジャラと身に纏った男――ガンツが、街で最も高級な宿屋を貸し切り、金貨を惜しげもなくバラ撒いていたのだ。


「店にある酒を全部持ってこい! 俺はただの農民だが、ハルト伯爵様の領地じゃ、こんなのは日常茶飯事なんだよ!」


ガンツは酒場の中央で、山積みの金貨を叩きつけながら豪快に笑った。


「見てくれ、この『黄金のリンゴ』を! 伯爵様の領地で一晩育てただけで、一本の木から白金貨百枚分も取れるんだ! 土地はタダ、税金も無し! 働けば働くほど金が溢れて、温泉もタダで入れる! ――なぁ、お前ら。いつまでこんな、税金で吸い取られるだけの街にいるんだ?」


その言葉は、重税と貧困にあえぐ民衆や、伸び悩んでいた商人に雷のような衝撃を与えた。

 最初こそ「嘘だろ」と笑っていた者たちも、ガンツが提示した鑑定書付きの超高級素材や、その圧倒的な富を目の当たりにして、目の色を変えた。


「ハルト伯爵の領地に行けば、誰でも金持ちになれる……!」

「魔境が、天国に変わったって噂は本当だったんだ!」


その噂は爆発的な勢いで拡散し、翌日には数千人の群衆が「ハルト街道」を目指して大移動を始めたという。


◆ ◆ ◆


「……報告によれば、王都のギルドからも腕利きの職人たちが次々とこちらへ向かっているそうですわ。ふふっ、ハルト様、作戦は大成功ですわね」


領主の館に戻ってきたガンツから、手数料を差し引いてもなお数億ゴールドにのぼる利益の報告を受け、セレーナが満足げに扇子を扇いだ。

 ガンツ本人はと言えば、「あっし、もう一生分稼いじまいました……っ」と腰を抜かして執務室の床にへたり込んでいる。


「よかったな、ガンツ。これでお前も今日から大富豪だ」


「は、はい……っ。でもハルト様、あっし、贅沢なんてしなくていいです! それより、またあのアリアさんのスープを飲んで、明日も土をいじりたい……! あそこが一番、心が落ち着くんです!」


どうやら、あまりの激変ぶりに逆に素朴な生活のありがたみを実感したらしい。


「ふふっ。アリアさんのスープは、もうこの街の『心臓』ですからね。美味しいものを食べて、明日への英気を養う……これこそが、開拓の醍醐味ですわ」


セレーナがそう言うと、隣に座っていたリナが、俺の服の裾をぎゅっと握りしめて上目遣いで訴えてきた。


「ハ、ハルトさん……。みんなが豊かになるのは嬉しいですけど、ハルトさんが遠くに行っちゃうのは嫌です……。私が魔法で肩を揉んであげますから、ずっと、この部屋で私と一緒にいてくださいね……っ」


リナの瞳には、以前にも増して強い「依存」の色が混じっている。


「私もよ! ハルト、あんたの夜食、今日は特別に豪華にしておいたからね! 部屋に運び込むから、セレーナもリナも、邪魔しないでよね!」


アリアが厨房から顔を出し、頬を膨らませて牽制する。


「あら。わたくしも、今夜は報告書の決済でハルト様の寝室まで伺う予定ですの。アリアさんの夜食をつまみながら、ゆっくりとお話しさせていただきますわ」


「なっ……! 決済なんて明日でいいでしょ!」


三人の視線が再びバチバチと火花を散らす。

 外では数万人の領民たちが「ハルト万歳!」と熱狂し、黄金の国へと変貌していく街の灯りが煌々と輝いている。


俺は、彼女たちの重たすぎる愛と、急速に発展しすぎた領地の賑やかさに少しだけ頭を抱えながら。

 隙を見てズボンを脱ぎ捨て、ついに完全な『パンイチ領主』へと戻り、アリアの夜食を頬張るのだった。


「……ま、自由でいられる時間がちょっと増えたし、結果オーライか」


最強の力を持ち、最高の仲間と富を揃えた俺のスローライフ。

 その噂は、もはや一つの国を揺るがすほどの伝説となって、世界中に轟こうとしていた。

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