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食と財宝、そして胃袋の守護者の合流

温泉が湧き、道が繋がり、街としての形が整ってきた俺の領地。

 だが、セレーナが指摘した通り、これだけの人口を支え続けるには、外部からの輸入に頼らない自給自足の体制――すなわち「農業」と、対外的な貿易の目玉となる「資源」が必要不可欠だった。


「ハルト様、インフラは完璧ですが、倉庫の食料にも限りがありますわ。この魔境の土壌は、貴方の拳で浄化されたとはいえ、まだ作物を育てるには栄養が偏っています。本格的な開拓には、数年はかかるかと……」


領主の館の執務室。セレーナが眉をひそめて資料を読み上げる。

 俺は、机の下でパンイチの脚を組みながら(ズボンは椅子の背もたれに掛けてある)、フッと不敵に笑った。


「セレーナ、お前は慎重すぎるんだよ。10万年も世界をループしてりゃあ、『どこに何が埋まってるか』なんて全部頭に入ってる」


俺はインベントリから、禍々しくも神々しい光を放つ、土の詰まった袋を取り出した。

 10万年前、隠しダンジョンの最深部で「使い道がない」と捨て置いた伝説のアイテム――『原初の豊穣土げんしょのほうじょうど』、別名・伝説の肥料だ。


「これを、農業区画の用水路に一掴み混ぜるだけでいい。聖水と混ざれば、一晩で不毛の地が世界一の穀倉地帯に変わる」


「……認めざるを得ませんわ。貴方のインベントリは、もはや世界の理を破壊する宝物庫ですわね」


セレーナは呆れつつも、すぐにその「ありえない」成果を前提とした人員配置にペンを走らせる。

 さらに俺は、街の背後に広がる切り立った岩山へと彼女たちを連れ出した。


「次は鉱山だ。リナ、あの一帯に向けて、最大火力の爆破魔法を撃ってみろ」


「ふぇぇ!? 私が、ですか……っ? も、もし山が崩れて皆さんに怪我をさせちゃったら……っ」


リナが杖を握りしめてオロオロする。俺は彼女の背中をポンと叩いてやった。


「大丈夫だ。俺が結界で抑えてやる。思いっきりやれ」


「は、はい……っ。……頑張ります……っ!」


リナが放った極大の火球が岩山を直撃し、轟音と共に表面の岩盤が剥がれ落ちる。

 土煙が晴れたそこには――太陽の光を反射して眩しく輝く、純度100%に近い金とミスリルの巨大な脈が、網目状に張り巡らされていた。


「これ……全部、鉱石ですか……?」


「ああ。10万年の中で、ここが地殻変動の影響で『尽きない鉱脈』になっているのを見つけておいたんだ。掘っても掘っても、地球の奥底から新しい魔金が湧き上がってくるバグスポットだよ」


セレーナは上品な所作で扇子を口元に当てながらも、その黄金の輝きに釘付けになっていた。

 伝説の肥料による圧倒的な食料自給、そして掘りきれないほどの貴金属。

 この瞬間、俺の領地は「自給自足可能な独立国家」としての実質的な力を手に入れた。


◆ ◆ ◆


農業と鉱山の開発が始まり、街に活気が溢れ出した数日後のことだ。

 王都側から繋がったばかりの「ハルト街道」を、一台の馬車が砂煙を上げて走ってきた。


街道の門で難民の交通整理をしていた俺の前に、その馬車は急停車する。

 中から飛び出してきたのは、エプロン姿にポニーテールを揺らした、見覚えのある少女だった。


「ちょっと、ハルト! あんた、勝手に出ていって、こんな魔境に国みたいなもの作って……バカじゃないの!?」


アリアだった。

 彼女は俺の顔を見るなり、開口一番に怒鳴り散らした。だが、その瞳は少しだけ潤んでおり、声も震えている。


「アリア? なんでお前がここに……。王都の宿屋はどうしたんだよ」


「あんなの、お父さんに任せてきたわよ! それより……って、ちょっと待ちなさいよ」


アリアは俺の後ろに立つ二人の姿を見つけ、目を吊り上げた。


「セレーナ! リナ! あんたたち、こんなところにいたの!? 王都のパレードの後、いつの間にかいなくなったと思ったら……なんでしれっとハルトと一緒にいるのよ!」


魔王を倒すまでの最後の半年間。俺が彼女たちを王都に集めた縁で、三人はアリアの宿屋で共に時間を過ごした顔見知りだ。一緒に戦ったわけではないが、お互いに「ハルトに救われた女」同士であることはよく知っている。


「抜け駆けなどと、人聞きの悪い」

 セレーナは扇子を優雅に広げ、アリアを見下ろすようにふわりと微笑んだ。

「わたくしたちは、ハルト様から正式に領地運営と医療を任されているのですわ。貴女こそ、王都で安全に宿番をしていればよろしかったのに」


「なっ……! 私はアリアよ! あの半年間、毎日ハルトの胃袋を支えてきたのは私なんだからね!」

 アリアは顔を真っ赤にして、照れと怒りを誤魔化すようにポニーテールの先を指でくるくるといじり始めた。

「あんた、私がいないとまともな飯も食わないでしょ。王都のパレードの時も、なんだか不味そうな顔して高級料理食べてたし……。あんたの胃袋は、私が管理するって言ったじゃない!」


「……ふぇぇ」

 その言葉に反応して、リナが俺の服の裾をぎゅっと強く握りしめた。

「ア、アリアさん……声が、大きいです……。それに……ご飯も大事ですけど、ハルトさんの背中の隣は……私の、場所ですから……っ」


怯えたような小声。だが、その声には絶対に譲らないという、異様なほどの執着が滲んでいた。


「……あら。言うようになったじゃない、リナ。でも、ハルト様の隣に立つのは、頭脳であるこのわたくしが一番相応しいですわ」

「なんですって!? あんたたち、いつも偉そうに……!」


パーティを組んで旅をしたわけではない。

 だが、今の彼女たちの間に流れているのは、ただの顔見知りとしての親愛ではなく、かつてのループの記憶の残滓がもたらす『激重な独占欲』だった。


三人の視線が空中で激突し、バチバチと火花が散る。

 周囲にいた領民や商人たちが、その凄まじいプレッシャー(修羅場)を感じ取って、コソコソと逃げ出していく。


「あー、まぁなんだ。喧嘩はするなよ。……アリア、よく来たな。お前のメシが食えるなら、俺も嬉しいよ」


俺が苦笑いしてそう言うと、アリアは「ふんっ」と鼻を鳴らしつつも、嬉しそうにポニーテールをいじった。


「当然よ! さっさと一番いい場所を案内しなさい。ここに『黎明の宿・魔境支店』を作って、あんたの胃袋を一生逃がさないようにしてあげるから!」


◆ ◆ ◆


アリアの合流により、街の「活気」は爆発した。

 伝説の肥料によって、わずか数日で黄金色に輝く稲穂が農業区画を埋め尽くし、鉱山からは質の高いミスリルが次々と運び出される。

 噂を聞きつけた大商会の商人たちが、「この世の楽園」を求めて続々と入植を希望し、通りには露店が立ち並び、夜になれば『黎明の宿』から俺の愛したスープの匂いが漂ってくる。


一月前まで、ここは誰も寄り付かない死の土地だった。

 それが今では、王都すら凌駕するほどの富と食料、そして何より「未来」への期待に満ちた、世界で最も熱い街へと変貌を遂げていた。


その夜。

 俺は自室でようやく服を脱ぎ捨て、窓から活気に溢れる街の灯りを眺めていた。


「ふぅ……。やっぱり、みんなが笑ってるのは悪くないな」


パンイチのまま、冷えた果実水を一気に飲み干す。

 セレーナの知略、リナの祈り、アリアの料理。

 俺が10万年かけて守りたかったものが、今、目の前で形になっている。


だが、俺はまだ気づいていない。

 昼間の修羅場の続きを相談し合うヒロイン三人の目が、かつてのループの時よりも、ずっと深く、逃げ場のない「執着」の色に染まりつつあることに。


俺の最強スローライフは、急速な発展と共に、さらに賑やかで重たい日々へと加速していくのだった。

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