国家予算級の札束ビンタ
領地開拓は驚異的なスピードで進んでいた。
セレーナの完璧な事務処理によって、集まってきた領民たちには適材適所の仕事が割り振られ、衣食住の心配がない彼らは熱狂的に街の発展に尽力している。
だが、急速に人口が増えれば、どうしても必要になるのが「自警」と「素材の流通」だ。
「……というわけで、冒険者ギルドの誘致交渉をセッティングいたしましたわ」
領主の館の応接室。セレーナが優雅に扇子を畳むと、そこには三人の中年男性が、今にも逃げ出しそうな顔で座っていた。王都の冒険者ギルド本部から派遣されてきた、調査員と幹部たちだ。
「ハ、ハルト伯爵。お言葉ですが……この魔境に支部を作るなど、正気の沙汰ではありません」
「そうです。城壁が立派なのは認めますが、一歩外に出れば神話級の魔獣がうろつく土地ですよ? 登録された冒険者が一日に何人死ぬか、想像しただけで胃が痛い」
彼らの言い分はもっともだ。普通の人間からすれば、この街の外は依然として「世界一の危険地帯」なのだから。
「安全性と、設立後の利益。その二点さえクリアすればいいんだろ?」
俺は、ソファーの横に置いてあった、適当な麻袋を三つ、テーブルの上にドン、ドン、ドォォォン! と叩きつけた。
あまりの重量に、最高級の石造りのテーブルにピシリとヒビが入る。
「……何です、これは? 賄賂なら、ギルドの理念としてお受けできませんぞ」
「いいから開けてみてくれ。昨日、その辺を散歩したついでに狩ってきた『ゴミ』だ」
幹部の一人がおそるおそる袋の紐を解く。
その瞬間、応接室が直視できないほどの「魔力の光」に包まれた。
「ひ、ひぃぃっ!? な、なんだこれは……!? 竜王の逆鱗、しかも……こっちの袋は、千年に一度しか現れないとされるバグ・ベヒーモスの黄金角……それも十本以上!? ま、待て、この結晶は……伝説の『深淵の魔石』か!? 国家予算がこれ一石で吹き飛ぶぞ!」
三人の幹部は腰を抜かし、泡を吹かんばかりの勢いで素材を凝視した。
彼らが見たこともない、システム上の「エラー個体」や「隠しボス」からしかドロップしないような、まさにバグじみた最高級素材の山。
「外が危険? ――なら、その素材が『その辺』に転がってるってことだ。俺が結界を張ったから街の中は安全だし、外に出ればこれだけの利益が落ちてる。……これでも、支部を作るのは損かな?」
圧倒的な資金力。そして、これらの化け物を「散歩のついで」にパンイチ(今は服を着ているが)で狩り尽くしたという事実そのものが、何よりの安全保障だった。
「……わ、分かりました。すぐに……すぐに本部へ連絡し、史上最大規模の支部をここに設立いたします! ぜひ、私を支部長に……っ!」
現金なものだ。彼らは素材の山に吸い寄せられるように、這いつくばって契約書にサインをした。
◆ ◆ ◆
夕暮れ時。
ギルドとの商談を終え、さらにはセレーナがリナを教育係に任命して領民たちの仕事を完璧に整理し終えた頃。
ようやく、俺は今日一日の「領主」というロールプレイから解放された。
「……あー、疲れた。肩がバキバキだぜ」
自室の扉を閉め、鍵をかける。
もう、外で難民の受付を手伝う必要もない。事務作業はセレーナが、教育はリナがやってくれている。
俺は一秒でも早くこの「デバフ」を解除したくて、王都仕込みの高級なシャツとズボンを、文字通り引きちぎるように脱ぎ捨てた。
「ふぅぅぅ……これだ。これだよ……!」
真っ白なトランクス一枚。パンイチ。
10万年の間、俺の魂を支え続けてきた真の姿。
肌に触れる空気の心地よさ、拘束から解き放たれた筋肉の躍動。
ふかふかのベッドにパンイチでダイブし、俺は心ゆくまで手足を伸ばした。
「……最高だ。領主なんてガラじゃないが、このパンイチの自由を守るためなら、いくらでも働いてやるよ」
最強の力を持ち、最高の仲間を揃え、ついに手に入れた「誰にも邪魔されないパンイチの時間」。
外では冒険者ギルドが設立に沸き返り、領地が未曾有の発展を遂げようとしていることも知らず。
俺はただの「九条 春人」として、深い安らぎの中でまどろんでいった。




