赤熱のメテオ・ナックル
魔法賢者アルスを究極の持久戦で削り切り、俺の『幻惑の兜』はついに+80へと至った。
バイザー越しに見る世界は、もはや物理法則の域を離れ、魔力の流れと空気の対流が、色鮮やかな等高線のように視認できている。
次なる標的は、西塔の『氷の龍将グラキエス』。
.かつて+90の刀で挑んだ時ですら、その絶対零度の装甲を溶かすには一秒間に一万回の超高速摩擦が必要だった天敵だ。
今の俺は、刀を持っていない。
全身は相変わらず清潔感すら漂う真っ白なトランクス一枚。唯一装備している防具は、この頭に被っている『+80の幻惑の兜』だけ。
「……触れないなら、防具を武器にすればいい」
俺は兜のバイザーをカシャリと上げ、不敵に笑った。
相談相手のセレーナとリナには「何でもいいから、とにかく硬くて、熱を溜め込めるものが欲しい」と伝え、彼女たちが集めた魔法物理学の知識から、この兜の『摩擦耐性』と『熱伝導率』が最も高いと割り出していたのだ。
◆ ◆ ◆
一ヶ月という時間をリセットせずに使い切り、毎日血を吐くような特訓を重ねる。
龍将が放つ絶対零度のブレス。
その冷気の気流を読み取り、神速のステップでその『隙間』を縫うように回避する学習に、数千回の死。
そして、回避した先で放つ、一撃。
『クロノスタシス』の中で、俺は頭から被っていた『+80の兜』を脱ぎ捨て、それを右手に握り込んだ。
音速を超えるステップ。その踏み込みの反動と、己の腕力を全て右手の兜に集中させる。
目標。龍将の首筋にある逆鱗の一点。
一度の踏み込みで、数千、数万回の打撃を叩き込むことは、素手ではできない。
ならば、一撃の質量と速度を極限まで高め、兜と龍将の装甲、そして空気との『摩擦熱』を発生させる。
その技術を「確定」させるために、さらに数千回の死。
◆ ◆ '◆
そして、ついにその時が来た。
西塔の最上階。
龍将が放つ極大ブレスを、俺は空気の対流を捉えてその渦中を逆走した。
パンイチの身軽さを活かし、冷気の渦をすり抜けて懐へと潜り込む。
「……さあ、溶けろ」
俺は右手に握った『+80の幻惑の兜』を、まるで流星のように掲げた。
意識が加速し、世界が止まる。
俺は己の肉体が消し飛ぶほどの速度で、龍将の首へ向かって兜を叩きつけた。
音の壁を突き破る。
異常な速度から生じた摩擦熱が、+80の兜を鮮やかな真紅へと変え、マグマのように赤熱化させる。
その姿は、まるで絶対零度の世界に衝突した、赤熱の隕石そのものだった。
キィィィィィィィィィィィィンッ!!
赤熱化した兜が接触した瞬間、絶対に溶けないはずの氷の装甲がドロドロに融解し、水蒸気が爆発的に発生した。
「ガ、アアアアアアアアアアッ!?」
氷の龍将が、断末魔の叫びを上げた。
.融解した装甲の継ぎ目へ、俺は赤熱した兜をさらに深々と叩きつけ、そのまま内部の心臓を、融点を超えた兜ごとぶち抜いた。
【『幻惑の兜』が強化されました(+81)】
「……ふぅっ、あちちちっ!!」
龍が光となって消えた直後、俺は右手の兜を慌てて放り出した。
.+81まで育った伝説の兜は、俺の手の皮を焼き焦がすほどの熱を帯び、床でジジュウと音を立てていた。
俺は、瓦礫の山となった西塔を見下ろし、小さく頷いた。
一万回を超える試行錯誤の果てに。
俺は唯一の防具を、システムが用意したギミックを粉砕する最強の質量兵器へと昇華させたのだ。
祝賀会は、やはり最高に温かくて、最高に切なかった。
アリアのスープ、リナの賞賛、セレーナの驚愕。
そのすべてを、俺はまた自分の首を斬ることで『無』に帰し、+81の兜を持って『初日』に降り立った。
残る四天王は、あと一人。
南塔を守る、最後の壁。
刀の時、システムの壁として俺を阻んだ、全ての物理攻撃を無効化する『不倒の騎士』。




