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究極のヒットアンドアウェイと、先読みの奇跡

三つの温かい灯火によって、真っ黒に焦げかけていた俺の魂は再び立ち上がった。

 北塔の最上階。玉座に座る魔法賢者アルスを見据え、俺は深く、静かに呼吸を整える。


刀を持っていた時は、コンマ一秒の詠唱の隙を突いて「一撃」で終わらせていた。

 だが、素手の火力ではそれは不可能だ。一発殴れば、自動防壁と瞬間転移で距離を取られ、不可避の極大魔法によるカウンターで消し炭にされる。

 ならば、どうするか。


「……全部、避けてから殴ればいい」


極めてシンプルで、極めて狂気的な結論だった。

 俺は『クロノスタシス』による神速の知覚を、攻撃ではなく「完全なる回避」と「離脱」のためだけに全振りした。


『滅び――』


アルスが杖を掲げ、周囲の空間から魔力を搾り取ろうとした、その瞬間。

 いや、魔法の予兆を示す光の陣が床に展開されるよりもさらに「前」。

 何万回という死の記憶から、アルスの行動パターンとタイムラインを完全に暗記し尽くしている俺は、すでにアルスが魔法を放つであろう『死角の安全地帯』へと駆け出していた。


ドゴォォォォンッ!!


俺がコンマ数秒前まで立っていた空間が、極大の氷結と爆炎によって跡形もなく消し飛ぶ。

 だが、俺はその爆風の波に乗るようにしてアルスの懐へ滑り込み、がら空きになった脇腹に拳を叩き込んだ。


メキッ、と鈍い音が響く。

 アルスの顔が苦痛に歪み、自動防壁が展開される。

 普通ならここで欲をかいて追撃し、防壁の反射ダメージと次の魔法の餌食になる。だが、俺は拳を当てたその瞬間に、すでに全力でバックステップを踏み、はるか後方へと離脱アウェイしていた。


『チィッ……! ちょこまかと、虫けらが!!』


アルスが激昂し、次々と無詠唱の追尾魔法を放ってくる。

 雷の雨、空間の断裂、致死の毒霧。

 防御力ゼロの俺にとっては、どれもが掠っただけで即死のギミックだ。


だが、当たらない。

 俺の目はアルスの指先の僅かなピクつき、杖の角度、そして魔力の流れを完璧に読み切り、「魔法が発動する前に避け始める」という未来予知じみた神業を連続させていた。


避けて、潜り込み、一発殴り、即座に離脱する。

 究極のヒットアンドアウェイ。

 言葉にすれば簡単だが、これを実行するには、コンマ一秒の判断ミスも許されない極限の集中力を、数十分、いや数時間にわたって維持し続けなければならない。


額から汗が吹き出し、目に見えない疲労が全身の筋肉に鉛のようにのしかかる。

 一歩踏み外せば、即死。

 一瞬瞬きをすれば、即死。

 その絶望的な綱渡りの連続。心が折れそうになるたび、俺の脳裏にはアリアのスープの温かさ、リナの祈るような涙、セレーナの手の柔らかさが蘇り、俺の足を強制的に前へと進ませた。


『なぜだ……! なぜ当たらん!? なぜ我の魔法の軌道が、撃つ前から全て割れている!?』


アルスが恐怖と焦燥で顔を歪める。

 何百回、何千回という魔法の嵐を全てノーダメージで潜り抜けられ、逆に自分の命は、一発一発の重い打撃によって確実に削り取られていくのだ。彼からしてみれば、俺こそが理不尽の化身に他ならなかった。


そして。

 奇跡のような持久戦が何千手と繰り返された果てに。

 ついにアルスの魔力が底を尽き、杖の先端から光が失われた。


「……チェックメイトだ」


魔力切れによるコンマ数秒の硬直。

 俺は残された最後の力を振り絞り、音速を超える踏み込みでアルスの眼前に肉薄した。

 兜の奥で鋭く息を吐き出し、これまでの全ての鬱憤と、ヒロインたちへの感謝を乗せた渾身の右ストレートを、賢者の顔面へと真っ直ぐに打ち抜く。


ゴシャァァァァァッ!!


魔法の絶対防壁を失ったアルスの肉体は、俺の一撃を耐えきれず、首から上が弾け飛んだ。

 呆気なく崩れ落ちる体を冷酷に見下ろしながら、俺はゆっくりと血に濡れた拳を下ろす。


【『幻惑の兜』が強化されました(+71)】


「……ふぅっ」


深く、長い安堵の息を吐き出す。

 数万回の死と、永遠とも思える究極の持久戦の果てに。

 俺はついに「素手」で、あの強大な魔法賢者を打ち破ったのだ。

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