絶対零度の装甲と、摩擦の残り火
東塔の暗殺者、北塔の賢者。彼らを「作業」として処理し続け、俺の『無銘の錆刀』はついに+80へと至った。
刀身はもはや鉄の質感を失い、深淵のような黒に、絶えず瞬く星々を閉じ込めたような神々しい輝きを放っている。
だが、そんな神刀を持ってしても、西塔を守る『氷の龍将グラキエス』の装甲には、傷一つ付けることができなかった。
「……弾かれた。いや、斬った瞬間に、氷が再生したのか」
初戦、俺は龍将の絶対零度のブレスに手も足も出ず、全身を砕氷にされて『初日』へ戻った。
このボスは、本来なら『炎の剣』で装甲を溶かし、『炎の盾』でブレスを防ぐギミックボス。
アイテムを一枠たりとも汚したくない俺にとって、これまでの四天王以上の天敵だった。
◆ ◆ ◆
「……熱量、ですわね」
宿屋の夜、セレーナが資料から目を上げずに断言した。
「龍将の装甲は、周囲の熱を奪い続けることで無限に自己修復しています。それを上回る圧倒的な『熱』を叩き込まない限り、物理的な斬撃は全て無効化されますわ」
「でも、ハルトさんは炎の魔法も剣も使わないんですよね……?」
リナが不安そうに俺を見つめる。
俺は、彼女たちがゴブリンや封印から救われたばかりの『初日』の夜であることを思い出しながら、静かに拳を握った。
「魔法も、特定の武器もいらない。……物理現象で、無理やり『熱』を作ればいいだけだ」
「物理、現象……? 刀一本で、数千度の高熱を発生させるというのですか……?」
セレーナが呆れたように言ったが、俺の目は本気だった。
攻略の糸口は見えた。あとは、それを実行できるだけの『試行回数』を積み重ねるだけだ。
◆ ◆ ◆
それからの俺の生活は、再び狂気的な反復へと没入した。
一ヶ月という時間をリセットせずに使い切り、毎日血を吐くような特訓を重ねる。
龍将が吐き出す絶対零度のブレス。その冷気の流れを毛穴一つ一つの感覚で読み取り、神速のステップでその『隙間』を縫うように回避する。
その学習に、数千回の死。
そして、回避した先で放つ、一撃。
『クロノスタシス』で止まった世界の中、俺は龍将の首筋の一点に向けて、目にも止まらぬ超高速の連撃を叩き込む。
一度の踏み込みで、数千、数万回の斬撃。
空気との摩擦。装甲との激突。
物理限界を超えた速度が、極寒の世界に絶望的なまでの『摩擦熱』を発生させる。
その技術を「確定」させるために、さらに数千回の死。
◆ ◆ ◆
そして、ついにその時が来た。
西塔の最上階。
龍将が放つ、全てを凍てつかせる極大ブレス。
俺はパンツ一丁の身軽さを活かし、空気のわずかな対流を捉えてその渦中を逆走した。
髪の毛一本すら凍らせることなく懐へと潜り込み、+80の刀を構える。
「……さあ、溶けろ」
意識が加速し、世界が止まる。
俺は龍将の首にある逆鱗の一点に向けて、己の腕が消し飛ぶほどの速度で刀を振り抜いた。
一秒間に、一万回の接触。
キィィィィィィィィィィィィンッ!!
絶対零度の氷の部屋に、突如として太陽のごとき光が溢れた。
異常な摩擦によって生じた数千度の高熱が、+80の刀身を鮮やかな真紅へと変え、擬似的な『炎の剣』へと昇華させる。
「ガ、アアアアアアアアアアッ!?」
氷の龍将が、断末魔の叫びを上げた。
絶対に溶けないはずの装甲がドロドロに融解し、赤熱化した俺の刃が、その巨躯を深々と両断した。
【『無銘の錆刀』が強化されました(+81)】
龍が光となって消え、俺は熱を帯びた刀を鞘に収める仕草をした。
一万回を超える試行錯誤の末、俺はシステムが用意したギミックを、ただの『物理法則』でへし折ったのだ。
◆ ◆ ◆
祝賀会は、やはり最高に温かくて、最高に切なかった。
アリアの笑顔を、リナの賞賛を、セレーナの驚愕を。
その全てを、俺はまた自分の首を斬ることで『無』に帰し、+81の刀を持って『初日』に降り立った。
残る四天王は、あと一人。
南塔を守る、最後の壁。
セレーナから渡された資料には、絶望的な一文が刻まれていた。
『――不倒の騎士。いかなる名剣、いかなる剛腕をもってしても、その肉体に傷一つ付けることは叶わない。なぜなら彼は、この世の全ての「物理攻撃」を無効化する加護を授かっているからだ』
刀一本で100万年を戦おうとする俺にとって、これ以上ない「詰み」の相手。
だが、俺の口角は自然と上がっていた。
「……物理が無効なら。次は、何を叩き込めばいいんだ?」
最強の矛である+81の刀を持ったまま、俺は「刀が通じない」相手への攻略法を練り始める。




