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二つの名前と、死のデリバリー計画

「……大丈夫だ、リナ。俺が、絶対に死なせない」


西の『嘆きの谷』から廃都へと続く道中。魔物の奇襲を受け、怯えるリナの肩を、俺は力強く抱き寄せた。

 彼女を救うのは、これで何度目だろうか。

 俺の主観では、もう数百回、いや数千回は彼女の窮地を救い、そのたびに彼女の涙を拭ってきた。


リナにとって、俺は出会ったばかりの不思議な『誓約者』。

 けれど俺にとって、彼女は10万年という果てしない旅路の中で、唯一俺の心を「人間」に繋ぎ止めてくれる灯火だった。


「どうして、そこまで……。私のために、命を懸けて……。貴方は、本当は誰なんですか……?」


潤んだ瞳で問いかけてくるリナに、俺はつい、心の奥に閉じ込めていた言葉を漏らしてしまった。


「……春人はるひとだ」


「え……?」


「俺の、本当の名前。……いつか、この地獄が終わったら、その名前で呼んでくれ」


リナは、壊れ物に触れるような仕草で、俺の腕を握りしめた。

 「春人……。素敵な名前ですね。……はい、約束です。いつか必ず……春人さん」

 彼女の呼ぶその響きが、+30を超えた刀の重さよりも、ずっと深く俺の魂に沈み込んでいった。


◆ ◆ ◆


だが、現実は甘くない。

 宿へ戻り、セレーナが持ち帰った新たな情報に、俺たちの前には絶望の影が落ちた。


「魔王の城。そこを守る、四つの災厄……。魔王直属の『四天王』が、城の四方に配置されていますわ」


セレーナが地図を広げ、険しい表情で語る。

 物理を無効化する騎士、あらゆる魔法を打ち消す賢者、影に潜む暗殺者、そして全てを焼き尽くす竜将。

 一人一人が古龍をも凌ぐ力を持ち、魔王の玉座へと続く道を完全に封鎖しているという。


「……半年後。魔王が目覚める時、彼らもまた、その真の力を開放します。ハルト様、今の貴方のその刀……。+99まで鍛え上げれば、魔王を討てる可能性はありますわ。ですが、それは『刀一本』で全てを解決できるという前提での話です」


「刀一本じゃ、足りないか」


俺は、無機質なステータス画面を見つめた。

 確かに、攻撃力が極まれば魔王にダメージは通るだろう。だが、魔王の放つという即死級の広域魔法や、四天王たちの特殊なギミックを、パンツ一丁の生身で全て凌ぎきれるか?

 一秒のミスが、一万年のやり直しを意味する戦いだ。


「なら……『フル装備』になればいい」


俺の呟きに、セレーナが怪訝な顔をした。


「……何を、おっしゃっていますの? 装備を持ち込もうとすれば、抽選に外れた瞬間に全てを失う。それは、貴方が一番よく知っているはず……」


「あぁ。だから、一度には持っていかない。……一人ずつ、最強の俺を『配置』しに行くんだ」


俺の計画は、こうだ。

 まず、この+30……いや、+99まで鍛え上げた刀を、魔王の玉座の目の前で死ぬことで、そこに配置する。

 次の周回。今度は何も持たずに始まりの広場へ戻り、今度は『最強の防具』を拾い、それを+99まで鍛え上げる。

 武器を持たず、素手で四天王を突破し、魔王の前で再び死ぬ。

 これを、兜、鎧、籠手、指輪……全ての部位で繰り返す。


魔王の扉の前に、最強の武器を持った俺、最強の鎧を着た俺、最強の指輪を填めた俺が、死体となって並ぶ。

 最後の挑戦で、俺はそれら全てを回収し、一瞬だけ、システムを越えた『完全体(フル装備)』として魔王の前に立つ。


「……正気ではありませんわ。防具だけを持って、四天王を素手で倒すなんて……。そんなの、人間の域を超えていますわ!」


セレーナの悲鳴のような指摘。

 あぁ、わかっている。武器を持たずに四天王を突破する。それは、刀一本で挑むよりも遥かに、絶望的な道のりだ。


だが。

 俺は自分の拳を、静かに握りしめた。

 この地獄に落ちてから、主観時間で約300年。

 その時間を、俺はただ刀を振るためだけに使ってきたわけじゃない。

 スライムを素手で捻り潰したあの日から、俺の体は、呼吸そのものが『暴力』として洗練されてきた。

 

「……やるさ。四天王も、魔王も。この拳一つで、一万回殺されても、必ず突破口を見つけてみせる」


リナが、俺の大きな背中を見つめ、祈るように両手を合わせた。

 アリアが、カウンターの向こうで震える声を堪えるように、固いパンを皿に並べた。


半年後。彼女たちにとっての終焉。

 俺にとっては、気の遠くなるような「死体の引越し作業」の始まりだ。


「……まずは、この刀だ。こいつを+99にする。……話はそれからだ」


俺はパンツ一丁で、+31の刀を肩に担ぎ、夜の闇へと消えていった。

 俺が思い描く『100万回』という途方もない死のロードマップ。

 魔王の玉座へと続く死体の回廊、その最初の一体目を作るために。

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