半年後の終焉、そして+30の重み
「――あと半年。半年後には、魔王の封印が完全に解け、この世界は塵に帰るんですって」
宿屋の食堂に、重苦しい沈黙が流れた。
情報を持ち帰ったのはセレーナだ。彼女の知略ネットワーク――没落してもなお繋がっている商人たちの噂話は、単なるデマとは思えない具体性を持っていた。
「半年……。そんな、短すぎます……っ。私、まだ何もできていないのに……!」
リナが震える手で杖を握りしめる。アリアも唇を噛み、窓の外に広がる穏やかな街並みを見つめていた。
「……半年、か」
俺は、彼女たちが絶望に染まる中で、一人だけ別のことを考えていた。
彼女たちにとっては、あと百八十日しかない「死へのカウントダウン」。
けれど、俺にとっては――これから何万回、自分を殺してループを繰り返せばいいのかという、果てしない「作業工程表」に過ぎない。
「ハルト様、なぜそんなに落ち着いていらっしゃいますの? 貴方のその『誓約』がどれほど強大でも、半年で魔王に届く保証など……」
「あぁ、わかっている。だから、少しペースを上げるだけだ」
俺は立ち上がり、+21の刀を掴んだ。
彼女たちの目には、俺が「残された短い時間」を惜しんで特攻する英雄に見えているだろう。
だが、真実は違う。
俺はこの半年を、俺だけの主観で数十年、数百年へと引き伸ばす。ただそれだけのことだ。
◆ ◆ ◆
それからの日々は、まさに修羅の如きルーティーンだった。
西の『嘆きの谷』。魔狼を狩り、リナの魔法で視界を奪い、セレーナの策で退路を断つ。
一日の終わりに、俺は彼女たちに「おやすみ」を言い、その後で独り、首を裂いて死ぬ。
翌朝、広場で目覚めた俺は、昨日の戦いで得た+1の重みを、死体から引き抜く刀の感触で確かめる。
それを、一日に何度も、何十回も繰り返した。
+22、+25……。
ある時、俺は魔狼を素手で捻り潰せるようになっていた。
『クロノスタシス』の精度は上がり、狼の毛並みが風にそよぐ一本一本の動きさえ、止まった絵画のように認識できる。
アリアは、俺が日に日に人間離れしていく様子を見て、時折悲しそうな目を向けた。
「ねぇ、ハルト。あんた……最近、ちゃんと笑ってる?」
「笑ってるさ。ほら」
俺が口角を上げると、アリアは「嘘つき」と短く返して、俺のパンツの汚れ(実際には汚れなどつかないのだが)を払うような仕草をした。
彼女たちが見ているのは、半年という「点」を全力で駆け抜ける俺。
俺が生きているのは、永遠に続く「線」の中。
その断絶が、俺の心を少しずつ、冷徹な計算機へと変えていった。
◆ ◆ ◆
そして、ついにその時が訪れた。
魔狼の核を、もはや作業のように貫いた瞬間。
刀身が、これまでにないほど眩い、そして禍々しい赤紫色の光を放った。
【『無銘の錆刀』が強化されました(+30)】
鞘のない刃。だが、そこから溢れ出す威圧感だけで、周囲の霧が恐怖をなして霧散していく。
錆びていたはずの刀身は、今や星の輝きを閉じ込めたような、底知れぬ深みを持つ鋼へと変貌を遂げていた。
「……ようやく、一区切りだ」
俺は刀を提げ、背後に控えていたリナとセレーナに向き直った。
二人は、その刀から放たれる圧倒的な『格』の違いに、言葉を失い立ち尽くしている。
「セレーナ。準備はいいか。古龍の居場所を、もう一度教えろ」
「……はい。廃都グラナドの毒霧、その中心地ですわ。ですがハルト様、今の貴方の……その、神がかり的な気迫……。まるで、何十年も戦い続けてきた武人のようですわ」
俺は、彼女の言葉に答えなかった。
「何十年」じゃない。もう「数百年」分の死を、俺はこの刀に詰め込んできた。
+30。この段階なら、触れるもの全てを腐らせるという古龍の鱗も、紙のように断ち切れるはずだ。
「行こう。世界が滅びる前に、まずは一匹、龍を片付ける」
俺はパンツ一丁で、+30の魔刀を無造作に担いだ。
半年後の終焉まで、彼女たちの時間で、あと五ヶ月。
俺の感覚では、さらなる数万回の死の先。
ハルトの眼光は、もはや人間が抱く「希望」などではなく、ただ目的を完遂するためだけの「執念」に塗り潰されていた。




