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水晶の令嬢と、地獄の解釈

魔狼が霧散した洞窟の最深部。そこには、不自然なほど透き通った巨大な魔力結晶が鎮座していた。

 中心に閉じ込められているのは、夜の闇を溶かしたような見事な黒髪を持つ、凛とした佇まいの少女。

 彼女を包む豪華なドレスは、この薄汚れた洞窟にはおよそ不釣り合いな高潔さを放っていた。


「……ハルトさん、この方は……?」


涙を拭ったリナが、おそるおそる結晶に触れようとする。

 俺はそれを手で制し、+21まで鍛え上げた刀の柄を握り直した。

 助けたいという博愛精神ではない。この中に、次なる強化への鍵があるという直感があった。


「……下がってろ。一気に割る」


静止した世界の中、俺は刀身に全神経を集中させた。

 結晶の分子が震える一点。そこをピンポイントで貫く。


パキンッ、と。

 硬質な音と共に、巨大な結晶が細かな光の粉となって弾け飛んだ。

 支えを失った少女の体が崩れ落ちる。俺はその細い肩を左手で受け止めた。


「……ん、……わたくし、は……」


黒い睫毛が震え、深い紫色の瞳がゆっくりと開かれる。

 セレーナ。没落貴族の令嬢であり、知略を武器にこの地獄を生き延びようとしていた少女。

 彼女の意識がはっきりとし、最初に視界に入ったのは――。


返り血で汚れ、狂気的な眼光を宿した、真っ白なパンツ一丁の男。

 そしてその足元で、自分を見てポロポロと涙を流している銀髪の少女。


「…………」


セレーナは数秒、石像のように固まった。

 そして、ひどく落ち着いた、それでいて絶望に満ちた声で呟いた。


「……なるほど。わたくし、ついに地獄へ落ちましたのね。目の前には血肉を喰らう鬼と、生贄として捧げられた哀れな迷い子……。借金を返せぬまま死ぬとは、なんと無念な……」


「違うわ、セレーナさん! この方は、ご自身の尊厳を犠牲にして私を救ってくださった、英雄のハルトさんですっ!」


リナが必死に叫ぶ。だが、その「尊厳を犠牲に」というフレーズが、余計にセレーナの顔を青ざめさせた。


「尊厳を……? では、その下着姿は、悪魔に魂を売った代償……。なんと、なんと悍ましい……っ!」


「……話がややこしくなる。とにかく、生きてるならさっさと立て、お嬢様」


俺が突き放すように言うと、セレーナは震える足で立ち上がり、俺をまじまじと観察し始めた。

 彼女の知性は、恐怖の先にある違和感を正確に捉えていた。


「……お待ちなさい。貴方のその刀……そしてその身のこなし。ただの変態……いえ、失礼。ただの亡者には見えませんわ。……もしや貴方、この谷を支配していたあの魔狼を、その格好で討ち取ったのですか?」


「あぁ。次は、もっとマシな獲物を探してる」


俺の言葉に、セレーナの瞳に鋭い知性の光が宿る。

 彼女はドレスの裾を整え、優雅に、だがどこか必死さを隠さずに一礼した。


「……わたくしはセレーナ・フォン・バルトシュタイン。この地を不当に奪われ、封印されていた者です。……ハルト様、とおっしゃいましたわね。貴方のその『異常な力』、わたくしの知略と組み合わせれば、この狂った世界の理さえ書き換えられるかもしれません」


セレーナは、洞窟のさらに奥……西の空を指差した。


「この先、荒野の果てに『廃都グラナド』があります。そこには、触れるもの全てを腐敗させる『灰色の古龍』が棲みついていますわ。……あれこそが、この一帯のバランスを崩している諸悪の根源。貴方のその刀をさらに高みへ導くには、うってつけの生贄ではありませんこと?」


「灰色の古龍……」


新たなネームドモンスターの名。

 俺の胸の奥で、効率化を求めるゲーマーの魂が静かに昂ぶった。

 スライム、トカゲ、魔狼。その先にある、龍の首。


「……わかった。そこへ行く」


「お待ちください、ハルト様! あそこは毒の霧に満ちた死の地。……今の貴方の、その……無防備な格好では、近づくことすら叶いませんわ。わたくしが、効率的なルートと、毒を中和するための内政的な支援を整えて差し上げます」


こうして、二人目の同行者――後に俺の領地を「全自動」で回すことになる頭脳、セレーナが仲間に加わった。


だが、宿に戻った時のアリアの反応は、これまでで一番凄まじいものだった。


「ちょっとおおおおおっ!! また女の子!? またパンツ一丁で、今度は高そうなお嬢様を連れ回して!! あんた、一体どこの組織のボスなのよおっ!!」


宿の主人の悲鳴を背に、俺はいつものように薪小屋へと向かった。

 100万回の死。その果てにある景色を、この少女たちと見ることになるとは。

 

 俺の刀に宿る光は、さらに強く、不気味に輝き始めていた。

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