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真実と、重すぎる誓約(ギアス)

「……あの、どうして……下着姿、なんですか……?」


リナの震えるような問いかけに、部屋の空気が凍りついた。

 隣では、アリアが腕を組み、「さあ、どう言い訳する気?」と言わんばかりのジト目を向けてきている。


俺は、ベッドの脇で静かに息を吐き出した。

 誤魔化すのは簡単だ。服を奪われただの、特殊な趣味だの、適当な嘘を並べればいい。

 だが、俺はこの先もずっと、このトランクス一枚で死に続ける。俺にとってこの姿は、己の全てを懸けて魔王に届くための、唯一無二の正装なのだ。

 それをコソコソと隠すのは、何万回も共に死線を越えてきた『最高の相棒パンツ』に対する冒涜のような気がした。


俺は、一切の感情を排した、ひたすらに平坦な声で事実だけを告げた。


「……服を着ると、この刀が消えてしまうからだ」


静寂。

 アリアが「はぁ?」と眉をひそめる。


「ちょっと、あんたね。人を馬鹿にするのも大概に……」


「……っ!! ま、まさか……!!」


アリアの怒声を遮ったのは、ベッドの上で両手で口を覆い、大きく見開かれたリナの瞳だった。

 彼女の銀色の髪が、恐怖とは違う、激しい動揺で震えている。


「リナ? どうしたのよ、こんな変態の戯言……」


「違います、アリアさん! 戯言なんかじゃありません……っ! そうか、だからあんな、凄まじい絶技が……!」


リナは毛布を蹴りのけ、ベッドから転げ出るようにして立ち上がり、俺の前に跪いた。

 その目からは、ポロポロと大粒の涙が溢れ出している。


「……リナ?」


「ごめんなさい……っ! 私、何も知らずに、貴方のことを変態だなんて……! どれほど過酷な『誓約ギアス』を背負っていらっしゃるのかも知らずに……っ!」


誓約ギアス

 耳慣れない単語に、俺とアリアは顔を見合わせた。


「な、なによそれ。ギアスって……あの、おとぎ話に出てくる魔法の?」


「はい……。魔導学の奥義の一つです。自らに致命的な『制約』を課すことで、世界を歪めるほどの強大な力を引き出す、等価交換の極致……っ!」


リナは涙声で、熱に浮かされたように語り始めた。


「ハルトさんのあの剣技は、人間の域を絶していました。五匹のゴブリンが、一瞬で……。あのような神業、並の鍛錬で辿り着けるはずがありません。……ハルトさんは、自らの『防御力』と、人間としての『尊厳』……その全てを世界に捧げることで、あの刀を現界させているんですよね……!?」


俺は無言でリナを見下ろした。

 ……何を言っているんだ、この子は。

 俺はただ、デスペナルティのアイテム全ロスを回避するために、手持ちのアイテム枠を刀一本に絞っているだけだ。服を着たら抽選プールに服が混ざって、最悪刀が消えるから着ていないだけなのだ。

 等価交換でもなんでもない。ただのシステム攻略だ。


だが、俺が否定する前に、リナはさらに言葉を重ねた。


「服を着れば、刀が消える……。それはつまり、少しでも自分の身を守ろうとする『甘え』を持てば、力が失われるという残酷なルール……! 常に死と隣り合わせの全裸同然の姿でしか、その力は振るえない……っ! なんて、なんて重い十字架なんですか……っ!」


「えっ……そ、そうなの……?」


アリアの声が、微かに上ずった。

 彼女の視線が、俺の真っ白なトランクスへと注がれる。

 先ほどまでの汚物を見るような目ではない。まるで、聖者が背負う痛々しい聖痕スティグマを見るような、尊敬と、そして深い哀れみを帯びた瞳だ。


「あんた……いつもヘラヘラ笑って、私の作った固いパン食べてたけど……。そんな、頭のおかしくなりそうな覚悟を背負って、一人で戦ってたの……?」


アリアの瞳まで、少しだけ潤み始めている。

 完全に、誤解の沼にハマっていた。

 今さら「いや、ただアイテム落としたくないだけなんだけど」とは、死んでも言えない空気が完成してしまった。


「……あぁ」


俺は、静かに目を伏せ、短く肯定した。

 嘘は言っていない。ただ、彼女たちの超解釈に、そっと乗っからせてもらっただけだ。

 結果的に、これで俺は堂々とパンツ一丁で街を歩き、彼女たちの支援を受けられる。効率的だ。


「ハルトさん……! 私、決めました」


リナが、涙を拭い、決意に満ちた強い視線で俺を見上げた。


「私、ハルトさんのお供をさせてください! 嘆きの谷に、私の大切な杖を落としてきてしまったんです。……ハルトさんのその過酷な運命、少しでも私が支えになりたいんです!」


「……谷へ行くのか。あそこは、危険だぞ」


俺が昨日殺されかけた、四つ目の魔狼がいる場所だ。

 だが、リナは引かなかった。


「わかっています! でも、私には回復魔法があります。少しでも、ハルトさんの傷を癒やす手伝いができるはずです!」


俺は、アリアと顔を見合わせた。

 アリアは深く頷き、「あんたが守ってあげなさいよ、英雄さん」と、少しだけ頬を染めて笑った。


英雄。

 何万回も死に続け、泥を啜ってきた俺には、あまりにも不釣り合いな響きだった。

 だが、悪くない。


「……わかった。リナ、足手まといにはなるなよ」


「はいっ!」


こうして、ただのシステムハックは崇高な誓約へとすり替わり。

 俺は初めて、背中を預ける仲間と共に、次なる死地――『嘆きの谷』へと足を踏み入れることになった。

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