第27話 放課後
放課後の校舎は、まるで市場のようにざわめいていた。
廊下を歩けば、すれ違う生徒たちがひそひそと声を潜めて同じ話をしている。
「マルセリーヌ嬢、やっぱり退学処分になるんじゃない?」
「でもまだ正式に決まってはいないはずだろ」
「だってここ数日ずっと来てないじゃない。もう登校停止になったんでしょ?」
「侯爵令嬢が何やってるんだか……」
耳に入る一つ一つの言葉が、鋭い針のように胸に刺さった。
私は思わず足を止め、拳を握りしめる。
(マルセリーヌ……。どうしよう……もしあなたが私だったら、どう行動するんだろう?)
マルセリーヌの気持ちを思い浮かべただけで胸が締め付けられる。
屋敷の部屋に閉じこもり、ひとりきりで噂にさらされている彼女の心細さを思うと、息が詰まりそうになった。
その時だった。
ふいに廊下を吹き抜けた風が頬をかすめ、窓の隙間から一枚の羊皮紙が舞い込んできた。
それはくるくると宙を漂い、私の足元へと落ちてくる。
「……!」
胸がどくりと跳ねた。導きの手紙――。
私は慌てて拾い上げる。淡い光の文字が羊皮紙の上に浮かび上がっていた。
《放課後、六の鐘が鳴った直後。監督室へ行け》
「また……手紙」
小さく呟く。声が震えていた。
「姉さん」
背後から低い声がした。振り返れば、レオンとアドリアンが立っていた。
二人とも私の手元を見て、すぐに表情を引き締める。
「また手紙が来たんだな」レオンが目を丸くする。
「今度はなんと?」とアドリアン。
私は羊皮紙を差し出した。
二人が覗き込むと、わずかに空気が重くなった。
「……六の鐘に、監督室……」アドリアンが低く呟く。
「怪しすぎるな」
「でも、行くしかないだろ!」レオンが拳を握りしめる。
「そこに真実があるかもしれない!」
「……」
私は迷った。
でも、今こそ言わなければならないことがある。
「二人に……話しておきたいことがあるの」
心臓が早鐘を打つ。
「今日の昼休み、中庭で……王太子殿下とシルヴァン先輩が話しているのを聞いたの」
二人の視線が一気に私に注がれた。
息を呑む音がはっきりと聞こえる。
「その時……あの人たち、こう言っていたわ。
“マルセリーヌ嬢には登校しないよう頼んでいる”って」
「……なんだって!?」レオンの声が裏返る。
「だから……マルセリーヌは犯人なんかじゃない」
私は震える声で言った。
「休むように言われているだけ。あの二人が仕組んだことなのよ」
「……つまり」アドリアンが腕を組む。
「王太子殿下とシルヴァン先輩が、この事件を利用して、またエレーナに指輪をつけさそうと考えている可能性があるわけだな」
「うん」私は力強く頷く。
「“マルセリーヌに疑いが向くのは都合がいい”って……そんな風にも話していた」
「……っ」
レオンの拳が震える。
「ふざけてる……! マルセリーヌを利用するなんて」
私は弟の肩に手を置き、静かに言った。
「だから、絶対に助けなきゃいけないの」
アドリアンも目を閉じ、ゆっくり息を吐く。
「……ならば尚更、監督室に行く意味はある。証拠を掴めれば、妹を救える」
三人は互いに視線を交わし、頷き合った。
窓から忍び込み、六の鐘を告げる音を待つ間、ドキドキと胸の鼓動が激しかった。




