第26話 中庭
翌日。
私は昼休みに一人になりたくて、中庭の大樹の影に腰を下ろしていた。
枝葉の隙間から初夏の陽光がこぼれ、芝生の上にまだら模様を描いている。噴水の水滴はきらめき、花壇のバラや百合が風に揺れた。
けれど、そんな美しい光景も、重たく沈んだ胸には届かない。
(……マルセリーヌ。今どんな気持ちでいるんだろう?)
あの侯爵令嬢は誰よりも真っ直ぐで、誇り高くて、私が困った時には必ず隣にいてくれた。
そんな彼女が、試験問題を貼り出すなんて考えられない。
でも、学園には姿を見せない。このままでは停学か、最悪退学に……。
私は膝を抱え、額を埋めた。
どうすればいいのか分からない。
――その時だった。
「……ここなら人目もないな」
「昼食にはちょうどいい」
低い声と、明るい声が重なった。
私ははっと顔を上げる。
視線の先、芝生に姿を現したのは王太子ダリウスと、その側近シルヴァン・ベルモント。
二人は私に気づかず、大樹の近くに腰を下ろすと布に包まれた昼食を広げ始めた。
パン、チーズ、果実酒の小瓶。
いつも通りの昼休みのように見える。けれど、その声音には妙な緊張があった。
「で、例の件……どうする?」
パンをちぎりながら、シルヴァンが軽い口調で言う。
ダリウスは短く息を吐き、低く返した。
「……問題は処理したのか」
「もちろん!」
シルヴァンは胸を張り、にやりと笑う。
「マルセリーヌ嬢には“登校しないでくれ”って頼んでおいた。素直に休んでくれてるぜ」
(……えっ!?)
鼓動が一気に跳ね上がり、私は思わず幹に身を寄せた。
「このまま休ませ続ければ、周囲は勝手に騒ぐ。停学か退学も時間の問題だ」
シルヴァンは果実酒の瓶を軽く振りながら、楽しげに言う。
「そうなりゃ都合がいい。今回の事件、利用できるもんは全部利用しちまえばいいだろ?」
「……軽々しい物言いはやめろ」
ダリウスの声は低く、鋭い。
だが、その眼差しには否定の光はなく、むしろ利用するつもりがにじんでいた。
「それにさ」
シルヴァンはパンを口に放り込み、わざとらしく肩をすくめた。
「マルセリーヌ嬢、俺のこと好きみたいでさ。ちょっと頼めば何でも聞いてくれるんだよな〜。いやぁ、困っちゃうよ」
(……そんな……!)
心臓をつかまれたみたいに苦しくなった。
「かわいそうだけど、あの子の家は王太子派でもねーし。中立なんて邪魔なだけだ。だったら、この機会に排除できるのはちょうどいいだろ?」
口調は軽い。だが、その内容は冷酷だった。
「……」
ダリウスは黙り、チーズをかじる。肯定も否定もせず、ただ遠くを見ている。
シルヴァンは満足げに頷き、さらに追い打ちをかけた。
「最終的にはさ、エレーナ嬢にまた指輪を与えりゃ丸く収まる。王太子の隣は安泰、事件も片づく、マルセリーヌ嬢も消える。……完璧だろ?」
「……利用するだけが全てではない。だが……」
低く呟いた王太子ダリウスの声音は、どこか迷いを含んでいた。
だが、その言葉が真意なのか、ただの気休めなのか――私には分からなかった。
(……やっぱり、王太子は私を……でももう自分が自分でなくなるのは嫌だ……)
(マルセリーヌも……シルヴァンや王太子に利用されているの……?)
初夏の風は心地よく吹いているのに、背中を伝う汗は冷たくて、震えが止まらなかった。




