第28話 犯人
ぎし、と古びた床が鳴る。
監督室の中、重たい机の下に私たちは身を潜めていた。
「……姉さん、足、動かさないで。くすぐったい!」
「私だって狭いんだから仕方ないでしょ!」
「二人とも静かに」アドリアンが小声で鋭く制した。
机の上には書類が積み上げられ、隙間から漏れる灯りが私たちの顔を淡く照らす。
外から見えないとはいえ、心臓が破裂しそうに早鐘を打つ。
やがて、部屋に足音が近づいた。
扉が開き、サモン教師の低い声が響く。
「……はい。2年の偽の試験問題は貼り出しました。噂は生徒の間に広がっています。侯爵令嬢への疑いは――ほぼ定着したでしょう」
(やっぱり……!)
隣でレオンがびくりと肩を揺らす。机に頭をぶつけて「いってぇ!」と小さく呻いたのを、私は慌てて押さえた。
「シッ!」
アドリアンが睨む。
レオンは唇を尖らせ、必死に口を押さえた。
サモンの声は続く。
「ただ……エレーナ嬢が動いているのが気がかりで……」
(私のことまで!?)
冷や汗が首筋を伝う。
「ええ、わかりました。それでは――」
がちゃん、と魔道具のスイッチが切られる音。椅子が軋み、サモンが立ち上がる気配。
その瞬間――。
「もう我慢できんっ!」
「レオン!?」
制止する間もなく、レオンが机の下から飛び出した。
「サモン教師ぃぃぃーーっ!」
ドン!と机が揺れる。
目を丸くするサモンの前に、レオンが勇ましく人差し指を突きつけた。
「試験問題を貼り出したのは――あなただなっ!!」
「なっ……!?」
サモンの顔が真っ赤になる。
慌ててアドリアンと私も机の下から這い出した。私は土埃を払いつつ、つぶやく。
「レオン……だめよ……」
「だって! 雰囲気的に今しかないと思った!」
「そういう直感は当てにならん」アドリアンが即座に毒を吐く。
「証拠ならある!」レオンが胸を張る。
「……」
サモンの目が細くなる。私とアドリアンも息を呑む。
――だが。
「……あれ? ……ないな〜」
レオンは頭を掻き、にへらと笑った。
空気がずるっと滑って倒れそうになる。
「証拠もないのに踏み込んできたのか……?」
サモンの声は怒気を帯びていた。
「やはり子どもは軽率だな」
(まずい!)
焦る私の胸元で、小さな水晶が冷たく光った。
「――証拠なら、あるわ」
私は前に出て、光る音晶石を高く掲げた。
水晶の中から、さっきの会話がそのまま響き出す。
『2年の偽の試験問題は貼り出しました。侯爵令嬢への疑いは――ほぼ定着したでしょう』
サモンの顔が凍りつく。
「な、さっきの会話を録音していたのか……!」
「ほらな!」レオンが得意げに胸を張る。
「姉さんは僕の切り札!」
「……いつから切り札になったのよ。」私は思わず突っ込む。
「……くっ」
サモンは観念したようにうなだれた。
「確かに、私が貼り出した」
「やっぱり……!」
「どうして? 誰に命じられたの?」
私はすぐに問い詰める。
サモンは口を開いた――が。
「あ、あ……」
苦しげに喉を押さえ、口をパクパクさせるばかり。声は一切出ない。
「……喋れない?」
アドリアンが低く呟く。
「口封じの魔法……もしや黒幕がいるのか?」
「ぐ……ぅ……!」
サモンは悔しげに唇を噛みしめる。
私たちは顔を見合わせた。
「……つまり」私は震える声で言った。
「サモンは“表の犯人”。でも……裏に、もっと大きな黒幕がいるのかもしれない」
廊下の窓から射し込む夕暮れの光が、赤黒く染まっていた。
胸の奥に広がったのは勝利の安堵ではなく、冷たい恐怖。
――でも、これでマルセリーヌの疑いは晴れるはず。




