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性悪な悪役に仕立て上げられた気弱令嬢は、友情を取り戻して真実を手に入れたい!  作者: 風谷 華
第一章

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第25話 憧れの先輩

 図書館の静寂を、私たちの息遣いだけがかすかに乱していた。

 重厚な書棚の列は迷宮のように奥まで続き、金の模様を縁取った赤い絨毯が歩みを吸い込む。

 壁には王家の歴代魔導師の肖像画が並び、ランプの灯りに揺らめいてこちらを見下ろしている。

 豪奢すぎる空間なのに、胸の奥には不思議と重苦しい影が落ちていた。


 ――“真実は近き者の口に。声なき声を聴け”


 手紙に記されていた不可解な一文。

 その意味を巡って三人で頭をひねっても、答えは出ない。


 「声なき声……?」

 レオンが首をひねる。「なんだよそれ、意味わかんないよ」


 アドリアンは黙って紙を見つめていた。

 眉間に皺を寄せながら、深く考え込む。


 (……今、彼女の手元に突然紙が現れた。自然現象ではない。魔法的な現象だ。だが、彼女は驚いている……)


 ランプの灯りに浮かび上がるエレーナの横顔は、必死に意味を解き明かそうとする一人の少女のものだった。

 かつてエレーナにあった「性悪な小悪魔」の面影は、そこにはない。


 (もし彼女が嘘をついているのなら、どうしてこんな出来事が……?)

 アドリアンの胸に、微かな動揺が走る。

 (本当に……“乗っ取られていた”というのは真実なのかもしれない)


 けれどアドリアンは表情を変えず、口を開いた。

 「……比喩か暗号か。今のところは手掛かりにならないな」


 エレーナが顔を上げると、アドリアンの目は冷静に見えた。けれど、その奥にわずかな揺らぎが宿っていた。



 机に突っ伏したレオンが、ぐいっと頬を押しつけながらため息を漏らす。

 「マルセリーヌの疑いだって晴れてないし」


 「……」

 アドリアンは沈黙したまま腕を組み、視線を落としていた。

 琥珀色の瞳にランプの明かりが反射し、考え込むその顔を硬く照らす。


 エレーナはしばし迷い、それから思い切って尋ねた。

 「ねえ……マルセリーヌに、彼氏っていたの?」


 レオンが「え?」と声を上げ、アドリアンも一瞬だけ目を見開いた。


 「どうしてそんなことを?」とアドリアン。


 「だって……校舎の影であんなふうに口論していた相手が、もし……恋人だったらって思って」

 言いながら頬が熱くなる。

 でも、他に説明がつかないほど不自然に思えたのだ。


 アドリアンはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。

 「恋人……とは違う。ただ……“憧れの先輩”ならいた」


 「憧れ……の?」


 「シルヴァン・ベルモント」

 はっきりと名前を告げられた瞬間、私は小さく息を呑んだ。


 「ベルモント……まさか、王太子の側近の?」


 「そうだ」

 アドリアンは机の上に両手を置き、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 「彼は三年生で、剣術でも学力でも常に上位。貴族としての立ち居振る舞いも完璧で、生徒たちからの人望も厚い」


 レオンが少し口を尖らせる。

 「……まあ、確かにかっこいいけどさ」


 アドリアンは小さくうなずき、続けた。

 「妹は、彼を尊敬し、憧れていた。ファンの一人……といえばそれまでだが」


 「でも……」私は眉を寄せる。

 「もしその“憧れの先輩”から何か頼まれたら?」


 言葉を切ると、アドリアンの表情が暗くなる。

 「……断れなかったかもしれない」


 「っ……!」

 心臓がぎゅっと縮んだ。


 「待ってよ!」レオンが割り込む。

 「だからって、マルセリーヌが問題を流したなんて、信じられるわけない!」


 「僕だって信じたくはない」アドリアンの声が低く響く。

 「だが、憧れの存在に頼まれたとしたら……妹は苦しんでいるかもしれない」


 頭の奥で、昨日の光景がよみがえる。

 校舎の影。

 “私はやってない”と必死に訴えていた彼女の声。

 そして“俺はお前を庇ってやっている”と返す男の声。


 (庇っている……? 誰から? 何を?)


 疑念が、心をじわじわと締めつける。


 私はぎゅっと掌を握って、つぶやいた。

 「マルセリーヌは、そんなことしない。 いくら憧れの先輩でも、絶対に。」


 小さな声だったが、思いのほか図書館に響き、近くの生徒が一瞬こちらを見た。

 慌てて口を押さえ、肩を震わせる。


 レオンが私をかばうように言った。

 「そうだよ。マルセリーヌは正義感が強いんだ。騒ぎを起こすようなことなんて、絶対にできない!」


 けれど反論すればするほど、不安は膨れ上がっていく。

 “声なき声を聴け”──さっきの手紙の言葉が、皮肉のように頭にこびりついた。


 図書館の窓の外は、すでに群青色に染まり始めている。

 重苦しい沈黙を抱えたまま、私たちは言葉を失った。


 (マルセリーヌ……本当にあなたが犯人なの? それとも──。

  恋をしたことがない私にはわからない。でも、恋は人を狂わせる力があるのかもしれない。)


 答えのない問いだけが、頭の中でぐるぐる回っていた。


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