第24話 図書館
放課後。三人は図書館に集まった。
王立学園の大図書館は、ただの学び舎の一施設とは思えないほど荘厳だった。
高いアーチ状の天井には、群青の夜空を思わせる紺色の塗装が施され、そこに金箔で星座の模様がちりばめられている。窓には赤や緑のステンドグラスが嵌め込まれ、差し込む陽光が床の大理石に七色の光を落としていた。
黒檀で作られた書棚は迷宮のように連なり、革張りの分厚い本や魔道書がびっしりと詰め込まれている。棚ごとに取り付けられた真鍮のランプが、柔らかい琥珀色の光を放ち、紙とインクと、古びた羊皮紙特有の少し甘い匂いが空気に混ざって漂っていた。
「……すごい……」
思わず感嘆の声をもらした。ここは図書館というより、まるで王宮の宝物庫だ。
「え、姉さん。もしかして……図書館、初めて?」
隣でレオンがぎょっとしたように声を上げる。
「……そうかもしれないわ」
「ちょ、ちょっと! 二年生でここ初めてって、どういうこと!? 今まで何してたのさ!」
私は目を伏せ、小さく笑ってしまった。
「……あの時の“私”は、本が嫌いだったのよ。だから一度も来なかった」
胸の奥にちくりと痛みが走る。意識はあったのに、止められなかった一年。
あの“私“は勉強が嫌いだったし、ましてや本を読むこともなかった。
「なるほどね」
レオンは少しだけ寂しそうに笑った。
「じゃあ今日が、本当の姉さんにとって初めての図書館なんだな」
その言葉に胸の奥がじんと温かくなる。
アドリアンは腕を組み、静かに頷いた。
「少しでも、ここで何かわかるといいんだが」
三人はそれぞれ別れて棚を探すことにした。
アドリアンは古代魔術の記録、私は王家関連の歴史資料、そしてレオンは──。
「よし、僕は高い棚担当!」
張り切って脚立に登った瞬間、
ガラガラガラッ!
本の雪崩が派手に落ちてきた。
「うわあああっ!? ちょっ、止まれ止まれえぇ!」
レオンが必死で腕をばたつかせる。私は慌てて駆け寄り、崩れかけた本の山を支える。
ドサドサと床に散乱する本。司書の老紳士が険しい顔でこちらを睨みつけ、口元だけで「静かに」と呟く。
「は、はは……僕、存在だけで目立っちゃうのかも。かっこいいと困っちゃうな〜」
頭をかきながら小声で言うレオン。
その情けない笑顔に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「ほんとに……もう」
頬が緩んだ。あの一年、決して見せられなかった自分の笑顔が自然と出る。
やがて。
「……あったぞ」
アドリアンが静かに告げ、古びた羊皮紙を机に広げた。
そこに記されていたのは、短い一文だった。
――“導きの器は十六歳の誕生日に力を授かる”
「導きの器?十六歳の誕生日?力って……あの手紙のこと?」
私は息を呑む。
「姉さんの誕生日って」
「……入学式の前日。あの日が、私の十六歳の誕生日だったわ」
その瞬間、背筋が冷たくなる。
「……入学式で指輪を渡されたのは、偶然じゃなかった」
「だがどうして王家が“導きの器”を君だと知ったんだ?」
アドリアンが眉をひそめる。
「誕生日に開花する力だ。事前に分かるはずはない」
「……魔力鑑定!」
レオンが勢いよく手を打った。
「十四歳で全員受けただろ? あの時の結果に出てたんじゃない?」
私ははっとする。
「でも……鑑定書には“特筆なし”って書いてあったのよ」
「表向きはそうでも、王宮には別の結果が伝わっていたのかもしれない」
アドリアンの目が鋭く光る。
その時、ひりつくような記憶が蘇った。
「……そういえば。魔力鑑定の後から、私は定期的に王妃のお茶会に呼ばれるようになったの」
「えっ!? そうなの!?」
レオンが椅子を蹴りそうな勢いで振り返る。
「ええ。当時は“有望な令嬢を集めた社交”だと思っていたの。でも今なら分かる。あれは……私を観察するため」
王妃の微笑みと、時折のぞく鋭い眼差し。
あれは慈しみではなく、監視だったのだ。
「……最初から全部仕組まれていた」
小さく呟くと、指先が震えた。
その時だった。
ひらり、と天井から一枚の紙が舞い降りてきた。
三人の前に落ちたそれを、私は震える手で拾い上げる。
導きの手紙。
――“真実は近き者の口に。声なき声を聴け”
私も、レオンも、アドリアンも、思わず息を呑んだ。
図書館の静寂の中で、心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。




