第22話 王太子からの呼び出し
初夏の朝、学園は眩しいほどの光に包まれていた。
石畳を撫でる風は涼やかで、花壇の花々は競うように咲き誇っている。
生徒たちの笑い声や小鳥のさえずりが響き、世界は穏やかで美しい。
けれど――私の胸の奥は重く沈んでいた。
(……マルセリーヌは、今どうしているのかしら)
試験問題流出の件で、彼女が疑われている。
誰よりも真っ直ぐで、嘘なんてつけない親友が――。
その彼女に「犯人」という噂がつきまとっていることが、どうしても頭から離れなかった。
隣を歩くレオンが、ちらりと私を覗き込む。
「姉さん、顔が暗いよ。せっかくの初夏の朝なのに」
「……そう見える?」
「うん、思いっきり」
私は苦笑して、答えを濁した。
そう――私の心は、もうすでにマルセリーヌのことでいっぱいだった。
その時。
「エレーナ・アルヴィオン様」
王太子付きの従者が姿を現し、私の名前を呼んだ。
「殿下がお呼びです。すぐに中庭へ」
「……私を?」
胸の奥がひやりと冷える。
周囲の生徒たちが一斉にこちらを振り返り、初夏の陽射しの下でひそひそと囁き合う。
「どうして殿下に呼ばれてるのかしら」
「殿下はエレーナ様を捨てたはずでは……?」
居心地の悪さに唇を噛んだ。
レオンが一歩前に出て、険しい目で従者を睨む。
「どこに連れていくつもりだ」
「ご安心ください。悪いようには致しません。殿下は中庭にてお待ちです」
従者は涼しい顔で答える。
私はレオンの袖をそっと引いた。
「大丈夫よ、レオン。……すぐに戻るから」
「……姉さん」
不安をにじませる声が胸を刺したが、私は頷いて従者に従った。
案内されたのは、石造りの中庭。
朝の陽射しが白い石壁に反射し、花壇の花々の色をいっそう鮮やかに染めている。
そこに――王太子ダリウスはひとりで立っていた。
取り巻きの姿も、公爵令嬢ドロテアや男爵令嬢カミーユの姿もない。
初夏の緑の中で、その存在感だけが異様に重く感じられた。
「来てくれたんだね、エレーナ」
ダリウスは振り返り、柔らかく微笑む。だがその笑みには得体の知れない圧があった。
「殿下……ご用件は」
自然と一歩距離をとる。
彼は懐から小さな黒い箱を取り出した。
「率直に言おう。君に、これをつけてほしい」
カチリ、と音を立てて開かれた箱の中で、銀色の指輪が朝の光を反射し、冷たく輝いた。
「……っ」
息が詰まる。喉がひりつき、思わず後ずさった。
(いや……いやだ……!)
「やめてください……もう二度と、そんなものは……!」
声が震える。
ダリウスは動じず、むしろ穏やかな口調で言った。
「勘違いしないでほしい。これは君に害をなすものじゃない」
「でも……私は……っ!」
「エレーナ」
彼の視線が鋭く突き刺さる。
「君に届いているはずだ。“あの手紙”が」
「……!」
心臓が止まりそうになる。誰にも話していないはずなのに――。
「やはりな」
口元がわずかに歪む。
「君のスキルは君に戻っている。困難に直面した時、必ず“導きの手紙”が君を助ける。それは……国にとって欠かせぬ力だ」
「……私の……力……?」
声がか細くなる。
「親友を救いたいんだろう?」
低く甘い声が鼓膜を揺らす。
「ならば、僕のそばに戻ってきてほしい。この指輪をつければ、僕はもっと確実に力を発揮できる。君にその力は使いこなせないだろ?」
差し出された銀の指輪が、初夏の光を受けて不気味に光った。
過去の悪夢が胸に押し寄せる。
「……っ、嫌です!」
私は叫ぶように拒み、スカートを翻して駆け出した。
背後から「エレーナ!」と呼ぶ声が響く。
だが、振り返ることはしなかった。
花の香りと陽射しが広がる中庭を、ただ必死に――その冷たい輝きから逃れるように走り抜けた。




