第20話 屋敷での作戦会議3
サンドイッチを頬張ったレオンが、もぐもぐしながら言葉を繋いだ。
「……で、姉さん。そもそも“魔力痕跡”ってどうやって調べるんだ?」
「ちょっと、口の中のものを飲み込んでから話して」
エレーナは呆れたように眉を寄せ、紅茶を傾けながら答えた。
「魔力はね、使った人の“色”や“癖”が残るの。人それぞれ魔力の流れ方が違うから、熟練の術者なら誰の魔力かある程度分かるのよ」
「へえ……指紋みたいなもんだな!」
レオンは感心したように目を丸くし、しかしすぐにまたサンドイッチへ手を伸ばす。
「ただし」
アドリアンが静かに言葉を挟んだ。
「痕跡は時間が経つと急速に薄れる。今回の件なら、試験が張り出されたのは三日前。まだ残っているかどうか……」
エレーナの胸に重い不安がのしかかる。
「……やっぱり、急がないと」
レオンは拳を握って、勢いよく立ち上がった。
「よし、明日こっそり監督室に戻って――」
「不用心すぎる」
アドリアンの冷たい声がすぐに飛んだ。
「教師の部屋に二度も忍び込むつもりか? 目撃されれば、その時点で言い逃れはできない」
「うぐ……確かに」
レオンは椅子にしゅんと腰を下ろした。
「もっと安全に調べる方法があるはず……」
エレーナは小さく呟き、視線を落とす。
そのときだった。
――ひらり。
天井から舞い降りるように、一枚の封書が机の上に落ちた。
三人の視線が一斉に釘付けになる。
「……また?」
アドリアンが眉をひそめ、封書を凝視する。
「姉さん……これって」
レオンの声は驚きと不安が入り混じっていた。
エレーナはそっと手を伸ばし、封を切る。
中にはたった一行だけ、鮮やかな文字で記されていた。
――“痕跡は残された場だけでなく、写し取った物にも宿る”
「……!」
エレーナは息を呑み、机の上の羊皮紙を見つめた。
「まさか……この写しに、触れた者の魔力が残っているかもしれない……!」
「なるほど……それなら、危険を冒して監督室に戻る必要はないな」
アドリアンが深く頷く。
「さすが僕の姉さん!」
レオンは嬉しそうに笑い、椅子の上で軽くガッツポーズをした。
「じゃあ、この写しを調べれば犯人に一歩近づけるってわけだな!」
エレーナは羊皮紙を胸の前に抱き、決意を固めるように小さく頷いた。
「……ええ。これなら、マルセリーヌの疑いを晴らせるかもしれない」
「じゃあ、やってみましょう」
エレーナは深呼吸をして、羊皮紙を机の中央に置いた。
両手をかざし、魔力を静かに流し込む。
――光が淡く広がり、紙の表面をすべる。
折り目、画鋲の穴、インクの滲み……すべてがきらきらと輝き始めた。
「……出てきた!」
レオンが身を乗り出す。
しかし、光はじわじわと揺らめいただけで、すぐにしゅんと消えてしまった。
残ったのは、羊皮紙の上に浮かびかけた“魔力の痕跡”らしき淡い色。
けれど、誰のものかを判別できるほど鮮明ではない。
「……薄すぎる」
アドリアンが低く言った。
「やはり三日も経ってしまったせいかもしれないな」
「そ、そんな……!」
エレーナは唇を噛みしめた。
「せっかく写しに残っていたのに……これじゃ、証拠にはならないわ」
「いや、諦めるのは早い」
レオンが必死に励ますように言う。
「だって、かすかでも反応は出たんだ! きっと方法を工夫すれば――」
「レオンの言う通りだ」
アドリアンも静かに頷いた。
「明日、改めて試すべきだな。もっと魔力に詳しい資料を調べるなり、別の術式を試すなり……やれることは残っている」
「……うん」
エレーナは小さく答えたが、肩は少し落ちていた。
窓の外を見ると、すでに空は真っ暗で、街の灯りがぽつぽつと瞬いている。
「もう遅いな」アドリアンが立ち上がり、時計に視線を向ける。
「これ以上は集中力も続かない。今日はここまでにしよう」
レオンも大きな欠伸をして、頭をぽりぽりとかいた。
「そうだね……寝不足じゃ頭も回らないし!」
エレーナは羊皮紙をそっと抱え、胸の前でぎゅっと握りしめた。
「……分かったわ。明日また集まりましょう」
三人の視線が交わる。
その瞳には、まだ答えが出ない不安と、明日への小さな希望が宿っていた。




