第19話 屋敷での作戦会議2
「……でも、サモンだけじゃないな」
アドリアンが腕を組み、机を指先でトントンと叩く。
「答案を回収するのはグレイン教師の仕事だ。各クラスを回り、試験の答案を集めて監督室に持ち込む。
それに、用具倉庫を管理しているベルモット教師も怪しい。倉庫には試験用の羊皮紙や魔法具が保管されていて、必要があれば監督室に出入りするからな」
「なるほど!」
レオンが勢いよく椅子から跳ね上がり、机を指差した。
「つまり――全員怪しい!」
「……いや、そういう話ではない」
アドリアンが冷ややかに返す。
「よし決めた!」
レオンは机の端に数字を書きながら、にやりと笑った。
「怪しい教師ランキング、発表しまーす! 一位サモン! 二位グレイン! 三位ベルモット!」
そう言うと、片手を腰に当て、もう片手を天に突き上げる。
「発表ーーッ!」と声を張り上げ、体をくねらせながら妙に芝居がかったウィンクを決める。
さらには机の上に片足を乗せ、妙に決めポーズまでつけた。
「……」
空気が一瞬止まる。
「……ぷっ」
堪えきれず、エレーナが吹き出した。
慌てて口元を押さえたが、肩が震えて止まらない。
「ほら見ろ! 笑ったな!? やっぱり僕の芸は鉄板なんだ!」
レオンは胸を張ってドヤ顔をする。
「芸ではなく推理をしてほしい」
アドリアンが額に手を当て、深いため息を吐いた。
「でもさ、こういうのって大事だろ? ランキング形式にすると、なんか頭の中で整理できるじゃん!」
レオンは必死に弁解するが、その必死さが余計におかしい。
アドリアンは冷ややかな目で彼を見据えた。
「必要なのは整理ではなく、根拠だ」
「ぐっ……」
レオンは一瞬詰まり、それから指を突き立てる。
「でも、僕の勘はだいたい当たるからな!」
「……勘で裁判に勝てるなら、この国に法律はいらない」
アドリアンの冷徹な突っ込みが飛ぶ。
「なっ……!」
レオンは耳まで真っ赤になり、抗議の声を上げた。
「姉さん、こいつ絶対わざとキツイこと言ってるだろ!」
「ふふっ……」
エレーナはとうとう笑ってしまった。
「ごめん、でも……レオンの顔が……」
「姉さんまで!?」
レオンが情けない声をあげ、机に突っ伏す。
だがそのやり取りが、不思議と緊張を和らげていた。
エレーナは少し真顔に戻り、ふと思いついたように問いかける。
「……ちなみにだけど。1年生や3年生では、この件ってどう噂されているの?」
レオンが首をかしげた。
「んー……僕のクラスじゃ、ほとんど話題になってないよ。張り出されてたのって2年の問題だったろ? だから“上の学年の揉め事”くらいにしか思われてないんじゃないかな」
アドリアンも頷く。
「3年も同じだ。全体集会で大事になるような事件ならともかく、今のところは噂が広まる範囲も限られている」
そして少し間を置き、低く付け足した。
「……だが、そこが逆に妙だと思わないか。まるで“犯人は2年生の中にいる”と仕向けているかのようだ」
「……!」
エレーナの心臓が大きく跳ねた。
「つまり……誰かが意図的に?」
「その可能性はある」
アドリアンは静かに頷いた。
エレーナは小さく息を整え、机に広げられた羊皮紙と水晶の映像を見つめ直す。
「……証拠を集めるには、魔力痕跡を調べればいいんじゃない?」
その一言で、笑い混じりの空気が一瞬で引き締まった。
レオンの表情も真剣になり、アドリアンはゆっくりと頷く。
「……確かに。それなら“誰が触ったか”が分かる。良い案だ」
アドリアンの言葉に、三人の間に静かな決意が宿った――その時だった。
カタリ、と窓辺で音がした。
「ん?」
レオンが首をかしげる。
次の瞬間、ひゅう、と風が部屋の中に流れ込み、机の上の羊皮紙を揺らした。
そしてその風に乗るように、一枚の紙片がひらひらと舞い込んできたのだ。
「……手紙?」
エレーナがそっと拾い上げる。
封も差出人の名前もない、ただの紙切れ。
けれど、文字は最初からそこに書かれていたかのように鮮やかで――。
『魔力痕跡は“残り香”を辿れ』
短い言葉が、淡い光を帯びながら浮かんでいた。
「な、なんだこれ!?」
レオンが目を丸くし、椅子から身を乗り出す。
「姉さん、まさか恋文じゃないよな!? “残り香”とかロマンチックすぎない!?」
「そんなわけないでしょう!」
エレーナは真っ赤になって机を叩く。
アドリアンは紙を覗き込み、目を細めた。
「……“残り香”という表現は比喩ではないな。魔力には残留性がある。触れた者の痕跡が、一定時間残るはずだ」
「なるほど! つまり……!」
レオンが勢いよく指を突き上げる。
「この手紙が示してるのは――“魔力痕跡を辿れ”ってことだな!」
エレーナは手の中の紙片を見つめた。
ひらひらと舞い込んできた、不思議な手紙。
その出どころも、どうして自分たちに届いたのかも分からない。
でも――今は確かに、行き詰まった心に一筋の光を差し込んでくれた。
「……魔力の残り香を辿れば、触ったのが誰か分かるかもしれない」
エレーナが口にした言葉に、部屋の空気が一瞬だけ引き締まった。
アドリアンが小さく頷く。
「確かに、それが最も現実的だな」
「よし、それで決まり!」
レオンが拳を握って宣言する。
「でもさ、その前に――」
「……何?」
エレーナが怪訝そうに振り返る。
「腹が減っては戦はできぬ!」
レオンは胸を張って堂々とした顔をする。
「作戦を練るなら腹ごしらえしてからだ! ね、姉さん!」
「もう……」
エレーナは呆れながらも、張りつめていた気持ちが少しほぐれていくのを感じた。
アドリアンは肩をすくめて、鈴を手に取り、机の端を軽く叩いた。
澄んだ音が響き、数瞬の後、侍女が控えめに扉を叩いて入ってくる。
「軽食をここに」
アドリアンの指示に、侍女は一礼して去っていった。
「ほら、すぐにサンドイッチでもスープでも運ばれてくるだろう」
アドリアンがそう言うと、レオンは待ちきれない子供のように目を輝かせた。
「やった! さすがアドリアン、話が分かる!」
「……褒められている気がしない」
やがて扉が再び開き、銀盆に乗せられたサンドイッチと紅茶が机に並べられた。
侍女が下がるのを待ってから、レオンは嬉々として手を伸ばす。
「とりあえず腹ごしらえしてから考えよう! 空腹じゃいい作戦も出ないし!」
サンドイッチをかじるレオンを見ながら、エレーナは小さく息を吐いた。
(……ほんと、こういうところではレオンに負けちゃうな)
紅茶の香りに包まれながら、三人の作戦会議はようやく落ち着いた空気を取り戻した。
外の空はすでに群青から薄黒へと変わりつつあり、夜の帳が少しずつ降りてきていた。




