第18話 屋敷での作戦会議
王立学園に通う生徒たちは、必ずしも寮で暮らすわけではない。
王都に屋敷を持つ貴族なら、そこから通学することが許されていた。
むしろ高位の家柄の子弟ほど、侍女や執事を従え、家族の屋敷から学園へ馬車で通うのが一般的である。
アルヴィオン伯爵家もその例に漏れず、エレーナとレオンは王都に構えられた広い屋敷で暮らしていた。
豪奢な門をくぐれば、きちんと刈り込まれた庭木と花壇が迎えてくれる。
屋敷の中では、いつも数人の侍女たちが廊下を歩き回り、執事が物静かに指示を飛ばしている。
何不自由のない生活――けれど、今はその安心感がかえって邪魔になる。
なぜなら、今から話し合うのは「監督室に忍び込んだ」など、絶対に侍女たちに聞かれてはならない秘密の作戦会議だからだ。
「……侍女たちに聞かれるのは避けたい。ならば、エレーナの部屋で話すのが安全ではないか?」
廊下を歩きながら、アドリアンが落ち着いた声でそう提案する。
「ちょ、ちょっと!」
すかさずレオンが身を乗り出した。
「姉さんの部屋に男を入れるなんてありえないだろ! もし父さんに知られたら、即刻斬首だぞ!」
「斬首まではされないと思うが……」
アドリアンは淡々と呟き、わずかに眉をひそめる。
「いいや! そんなの前代未聞だから! ここは僕の部屋でいいよね!」
レオンは胸を張り、勝ち誇ったように言った。
エレーナは思わず苦笑を漏らす。
「……まあ、レオンの部屋なら文句は出ないでしょうね」
こうして三人は、廊下の突き当たりにあるレオンの部屋へと入った。
兄妹の部屋とはいえ、調度品はそれなりに豪華だ。
窓から差し込む夕陽が赤い絨毯を照らし、机の上に置かれた銀の燭台を輝かせている。
いつもはレオンが課題を放り出して散らかしている部屋だが、今日は妙に整って見える。
机の上には、エレーナが監督室から持ち帰った二つの証拠が並べられた。
一つは、魔法で転写した「試験問題の写し」。
もう一つは――淡い光を帯びた水晶に映し出された、監督室の内部映像。
そこには確かに、張り出されていた試験問題が机に置かれていた。
折り目も、画鋲の穴も、細部まで鮮明に。
「ここにあった」という光景そのものを魔法で切り取った映像記録だ。
「でも……これだけじゃ決定的な証拠にはならないわ」
エレーナは両手を胸の前で組み、映像を見つめながら小さく言った。
アドリアンは腕を組み、椅子の背にもたれて静かに頷く。
「監督室にあったのは事実だ。だが、教師なら誰でも出入りできる。犯人を一人に絞るには不十分だな」
「でもさ!」
レオンが机をトンと叩き、勢いよく身を乗り出す。
「マルセリーヌが口論してた相手、サモン教師に似てたりしない? 背とか雰囲気とか!思い出してみて!」
「……!」
エレーナの胸が一瞬ざわめいた。
思い返せば、あのとき影の中に立っていた背の高い男の輪郭――確かに、サモン教師と似ていた気がする。
「そう。背格好は確かに……似ていたわ」
彼女は呟き、視線を落とした。
「でも……サモン教師にこんなことをする理由があるのかしら」
「動機が分からない以上、断定はできない」
アドリアンは静かに言い切る。
その声音には、感情を交えぬ冷静さが滲んでいた。
レオンが「でも!」と食い下がろうとしたが、エレーナは小さく首を振った。
「……そうね。まだ決めつけるのは早いわ」
三人の間に、重い沈黙が落ちた。
「……」
誰も言葉を発せず、ただ思案に沈む。
その間にも窓の外では、ゆっくりと陽が落ちていく。
赤から紫へ、紫から群青へ――。
気づけば、空はすでに暗くなり始めていた。




