6.幻獣と加工と調剤と変人 14
スピスピ寝息を立ててるニニを横目に、この泡だらけになったお湯はどうすればいいのかな、さっきはどうなってたんだろうと考えてると、半透明のウィンドウが開いて、「汚水を排出します」と表示される。
特に選択肢なんかはなく、そのまま数秒も経たないうちにウィンドウは消え、僕が足を向けている方に小さな渦ができて、徐々にお湯の嵩が減っていく。
なるほど、僕自身の体を洗った後のお湯も、こうして排水されて行ってたんだ。そう思いながら軽く上体を傾けてバスタブの外を見るけど、バスタブの下からお湯が抜けて広がったりはしてない。バスタブの下に、排水溝があるようには見えないんだけど、どこに行ってるんだろう、このお湯。
結局どうなってるかわからないうちに、そこまであったわけじゃないお湯は抜けていったわけだけど、どういう作りなのか、最初に入ったときみたいに半身浴くらいまでの新しいお湯が継ぎ足されてた。本当にどうなってるんだろう、これ。
そうは思うけど、流れを見てたのにどうなってるのかわからなかったんだから、考えてもわかるわけないか。半身浴くらいまでのお湯はあるけど、どうせなら肩までしっかりと浸かりたい。そうなるとお湯が足りないから、シャワーからお湯を足そうとハンドルを回す。
バスタブの縁に上体を傾けてたから、ちょうど背中にシャワーが当たって温かい。そのままバスタブから溢れない程度にお湯をそのままためて、全身でお湯に浸かる。つま先をぐっと伸ばして軽く背筋を伸ばすと、ちょうどよく体がほぐれてるような気がした。
全身を包む温かさに、若干の眠気を感じ始めたころ、『そろそろお昼にするよー』という真鯛の刺身さんの声が聞こえて、ハっと眠気が覚める。大きく頭を振って、意識をはっきりとさせてから体を起こし、バスタブの外へと足を踏み出す。
お湯から出たとたん、決して寒い空気ではないけど、肌寒く感じて体が小さく震える。ニニの入った洗面器が置いてある台に、いつの間にかバスタオルが置かれているのが見えて、便利だなぁと思いながらそのバスタオルで体の表面の水滴を拭っていく。
「……あ、髪の毛、どうしよう」
ぽたぽたと水滴が垂れているびしょびしょの髪の毛が体に張り付いているのに頭を悩ませる。軽くバスタオルで髪の水分をふき取っては見たものの、髪の毛が乾く気配はない。ほどいたみつあみの直し方もわからないままで、このままだと服まで濡れそうだ。
でも、わからないのは変わらないから、服が濡れるのはあきらめるしかない。こういう時、髪の長い人はどうするのが普通なんだろう。そういうのの教科書みたいなのってあるのかな。
手早くさっき脱いだ服を着直しながら、イベント後の予定を積み立てていく。イベント後に調べたいことがどんどん増えていくんだけど、どれから手を付けるのがいいんだろう。
濡れた髪のせいで湿った服が背中に張り付くのが気持ち悪いけど、仕方ないからそのまま靴を履いて、まだ洗面器の中で寝てるニニのところに行く。
ニニはまだ寝息を立てて大の字にでろんと溶けてるみたいな状態で寝ていて、起こすのはちょっと可哀想かな。なるべく起こさないように、ゆっくりとニニを洗面器のお湯から引き上げて、乾いたタオルでくるんで濡れたニニの毛皮の水を吸い取る。
タオル一枚じゃ全然水気がぬぐえなくて、二・三枚使用してようやく大分水気が取れたかな? ってくらいだった。そのままだと湯冷めしちゃいそうだから、最後に乾いたタオルでくるんで、ニニはそのまま持っていくことにした。
「で、どうやって出るの」
ニニのタオル包みをもって外に出ようと思って、この浴槽ブースの室内をぐるりと見まわしてみるけど、どこにも扉がない。どうしようかなと考え始めたところで、さっきの汚水の時と同じく目の前にウィンドウが表示されて、今度は「退室しますか」って質問とYes No選択肢が表示された。
迷わずにYesを押すと、浴室ブースに来た時と同じく押すが早いか、僕は、イベントの拠点の僕の個室にいた。とりあえず、次はオートにしよ。
真鯛の刺身さんからの声掛けから時間が経ってるから、ニニが起きないようにだけ気を付けて、階段を足早に駆け下りる。さすがにもうみんな食堂にいるみたいで、僕以外は上の階にいないみたいだった。
これはほかの人を待たせてるのは確実だから、若干足を動かす速度を上げる。これ以上待たせないように、でも足音や振動がうるさくなりすぎないように慎重に足を動かして、食堂に駆け込む。
「カナくん、遅かったね……どしたの、その頭」
僕が食堂に駆け込んだのに気づいたらしいカササギさんが顔を上げてこっちを見て、目を丸くする。若干糸目なカササギさんが目を大きく開けてるのはすごく珍しいなぁ。
「ん、ほどいたらどうしたらいいかわかんなくなった」
「いや、そうじゃなくて。なんでびしょぬれなの」
「頭を洗った後、濡れた髪はどうすればいいの」
「あ、はいはい、そういうことね。おけおけ、とりあえずここ座んなぁ」
カササギさんはすぐに理解してくれたみたいで、カササギさんの隣の椅子をポンポンと叩いて僕を誘導する。僕は促されるままにカササギさんの隣の席に腰を下ろして、ニニのタオル包みをテーブルにそっと乗せた。
その振動で目が覚めたのか、タオルの中でニニがもぞもぞと動いているのが見える。タオルをはがしてやった方がいいかなと思うけど、「カナくんそのままね」とカササギさんに動きを制されたので、動かないでそのまま待つ。
「髪の毛はね、タオルで水分をある程度ふき取ってから、ドライヤーで乾かすんだよ。カナくんは男の子だし、外だと髪が短いから、タオルでごしごしやるだけで大分乾くよ。でも、ここでは長いから、ドライヤー使おうね。使い方はあとで教えたげる」
カササギさんが僕の濡れた髪に触れながらそういう。カササギさんの手が、やわらかい何かを使って僕の髪の毛を上へ下へと動いてるのは、多分、今しがた教えてくれた通りタオルで水分をぬぐってるんだろう。さっき体を拭く時に、一緒に髪の毛にもタオルは当ててたんだけどな。
「体より、髪の毛は水分を多く含むからね。髪の毛をタオルで拭く時は、その前に軽く髪の方を絞って水分を少なくしな。そうしたらタオルだけでもだいぶ変わるよ」
髪の毛を絞るってどうするんだろう。雑巾みたいにねじればいいのかな。
「はは、悩んでる悩んでる。ま、順番に慣れていきなさい」
「キュ~ィッ」
「ん」
カササギさんの言葉に同調するように、若干寝ぼけたような音でニニも鳴く。慣れるための手順書くれないかな……。




