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おっさん漁師、神になる   作者: 祭人
第一章 お嬢様と女海賊に困る
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第5話 英雄に抱かれた乙女たち

 巨大な隼の鉤爪が離れ、白銀の戦士が旗艦の甲板へ舞い戻ってきた。


 あたし――エルダは片手をつき、起き上がろうとする。


 力が入らない。片膝をついたまま、砕けた胸当ての下を腕で覆う。息をするたび、胸の奥が焼けるように痛んだ。


 見上げると、白銀の戦士は何事もなかったように立っていた。


 ようやく分かった。あたしが弱かったんじゃない。最初から、勝負にすらなっていなかったのだ。


 白銀の戦士が剣を鞘へ収める。肩を留めていた金具を外し、白いマントを脱いだ。


「何のつもりだ」


 白銀の戦士は答えない。あたしの前へ歩み寄ると、そのマントを肩へ掛けた。


 白い布が傷ついた身体を包み、あたしのあらわになっていた胸元を覆う。


 思わず目を見開いた。マントの端を握り、何かを言おうとする。


 けれど、声が出なかった。


 白銀の戦士が背を向ける。上空では、巨大な隼が旗艦の周囲を旋回していた。


 白銀の戦士が甲板を蹴る。急降下してきた隼の鉤爪が、その身体を拾い上げた。


「待て!」


 ようやく絞り出した声にも、白銀の戦士は振り返らない。


 そのまま空へと舞い上がっていく。あたしは立ち上がろうとした。


 足に力が入らず、身体が傾く。駆け寄ってきた船員たちが、あたしを左右から支える。それでも顔は伏せなかった。


 白いマントを握りしめたまま、遠ざかっていく白銀の姿を見上げる。


「白銀の戦士……」


 あたしを倒し、命を奪わず、マントまで残していった男。


 この屈辱を、忘れるものか。


 絶対に、忘れてやるものか。


     *


 海蛇船団の船が、次々と沖へ向かっていく。


 桟橋に残っていた海賊たちも長船へ乗り込み、港から離れ始めていた。


 私――ミッシェルは、壊れた荷車のそばに膝をつき、負傷した衛兵へ肩を貸していた。


「もう大丈夫です。すぐに手当てを受けられますから」


 駆けつけた兵士に衛兵を預ける。


 港には、領主軍の兵士たちが続々と集まっていた。逃げ遅れた人々を助け起こし、倒れている衛兵や海賊の手当てを始めている。


 海賊の姿は、もうほとんど残っていなかった。終わったのだ。そう思ったとき、大通りの先から一人の戦士が歩いてきた。


 白銀の鎧。目元を覆う仮面。


 あの方だ。私に気づき、こちらへ向かってくる。


「あなたは……」


 立ち上がろうとした瞬間、片足に鋭い痛みが走った。思わず顔を歪め、その場へ崩れそうになる。


 白銀の戦士が歩み寄り、私の身体を支えた。


「大丈夫です。これくらいなら、歩けます」


 一歩踏み出そうとした。けれど、足に力が入らない。再び身体が傾いてしまう。


 白銀の戦士の腕が、私の背中と膝裏へ回された。


「え……?」


 次の瞬間、身体が宙へ浮く。私は白銀の戦士に抱き上げられていた。


 驚きのあまり目を見開く。反射的にその首へ腕を回し、白銀の胸当てへ身を寄せた。


「お、お待ちください。わたくしは本当に――」


 白銀の戦士は何も言わず、私を抱いたまま歩き出した。


 領主館へ続く大通りには、避難していた人々が戻り始めていた。誰かが私たちに気づき、声を上げる。


「白銀の戦士だ!」


 周囲の視線が一斉に集まった。


 海賊を退けたことを知った人々から、次々と歓声が上がる。その声は通りの両側へ広がり、やがて港全体を包んだ。


 人々が道を開ける。白銀の戦士は、その間をまっすぐ歩いていく。


 私は何も言えなかった。


 すぐそばにある横顔を、ただ見つめていた。領主館の前では、兵士や使用人たちが待っていた。


「ミッシェル様!」


 私の姿を見つけると、一斉に駆け寄ってくる。


 白銀の戦士は玄関前の階段へ、私をゆっくりと降ろした。侍女が身体を支え、兵士たちが周囲を固める。


 白銀の戦士が背を向けた。


「お待ちください」


 思わず呼び止める。


「お、お名前を」


 戦士は振り返らない。


「また、お会いできますか」


 その足が止まることはなかった。人々の歓声を避けるように、白銀の背中は人通りのない路地へ消えていった。


     *


 俺は人々の歓声を避け、人通りのない路地へ入った。


 路地の奥では、ジェミィが待っていた。


『ずいぶん丁寧に送り届けたものだね、英雄くん?』


 俺は目元を覆っていた白銀の仮面を外した。


「怪我をしていたから」


『なるほど。傷ついた女性は、優しくマントで包み、抱き上げて家まで運ぶ。それが英雄の流儀というわけだ』


「何が言いたいんだよ」


『フフッ、面白いことになりそうだね』


 ジェミィは翼を広げ、俺の肩へ飛び乗った。大通りでは今も、白銀の戦士を讃える声が続いている。


 こうして、海蛇船団によるリーヴァ港襲撃は終わった。

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