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おっさん漁師、神になる   作者: 祭人
第三章 幼馴染と白銀の隼に困る
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第2話 じゃあ、ここにいる

 クライスのお父さんが亡くなったのは、わたし――セシリア・ヨンスドッティルがまだ子供だった頃のことだ。


 海賊との戦いだった。


 クライスのお父さんは漁師。でも、海賊が現れれば剣を取って戦った。港の大人たちからも頼りにされていて、子供だった私から見ても強くて格好いい人だった。クライスは、そんなお父さんが大好きだった。


 訃報の知らせ以来、クライスはほとんど話さなくなった。


 もともと無口な子だった。友達だって多くない。それでも以前は、わたしには何かと無邪気に話してくれたし、一緒に港を走り回ることもあった。


 ある日の夕方。


 石畳にはいつも魚の鱗が落ちていて、陽の光を受けて銀色に光っている。


 学校帰りのわたしは、港にぽつんと座る男の子の姿を見かけた。


「クライス、何してるの。遊びに行こうよ」


「今日はいい」


「じゃあ、ここにいる」


「……なんで?」


「別に」


 私はクライスの隣に座った。


 何を話したのかは覚えていない。たぶん、大したことは話していなかったと思う。港で猫を見たとか、お父さんに魚の名前を教えてもらったとか、そんなことだった。


 夕暮れの港には、子どもの背丈より大きな樽がいくつも積まれていた。岸壁には色とりどりの漁船が夕日に照らされ、帆柱は見上げても先が見えないほど高かった。


 クライスは、ほとんど喋らなかった。


 ◇


 クライスのお母さんは、ギルドの酒場で働くようになった。


 昼も夜も働いていたから、クライスが一人で家にいる時間は増えていった。だから私は、よくクライスを家へ呼んだ。


「おう、クライス。早く上がれ」


「いらっしゃい。ご飯食べていきなさいな」


 わたしの両親はそう言いながら、いつもクライスの分まで夕食を用意してくれた。


 ◇


 春が来て、夏が来て、短い秋が過ぎると、ヴァルネスには長い冬が来る。それを何度か繰り返した。


 気がつけば、クライスが隣にいることは、私にとって当たり前になっていた。たぶんクライスにとっても、そうだったのだと思う。


 ◇


 数年後、今度はクライスのお母さんも亡くなった。


 女手一つで子供を育てるのに、ずっと無理をしていたらしい。漁船も、生活費のためにとっくに売り払ったそうだ。


 クライスは泣かなかった。少なくとも、私の前では。


 お葬式が終わってしばらくして、私の父――ヨンがクライスに言った。


「クライス、うちで働け」


 それからクライスは、うちの魚商を手伝うようになった。


 学校の合間や休日。朝早く港へ行き、漁師たちから魚を仕入れる。店へ運び、種類ごとに分ける。荷を積んで、街の店や屋敷へ届ける。


 最初は失敗ばかりだった。でも次第にこなれていった。そしてわたしも、同じように魚商店の仕事を手伝うようになった。


 朝、ひとり暮らしのクライスにお弁当を渡し、夕食はうちの家で取る。そんな毎日を繰り返して、私たちは少しずつ大人になっていった。


 ◇


 ある日、成人したばかりのクライスが、わたしのお父さんに話があると言った。


「うちを辞めたい?」


 店を閉める支度の手を止め、お父さんが丸太のように太い腕を組む。

 

「うん」


「何か不満でもあるのか」


「そうじゃない」


「だったら、どうしてだ」


「別の仕事がしたい」


 その話を横で聞いていた私は、思わず口を挟んだ。


「ねえ、クライス。これからどうするの?」


「これまで貯めた金で船を買う」


「船?」


「ああ」


 クライスが私を見る。


「俺は漁師だ」


 その言葉を聞いた瞬間、ずっと昔のことを思い出した。まだ私たちが小さかった頃。


 港に立つ、大きな背中。

 

 彼の父親は海賊と戦った英雄だった。あの頃、父親のことを誇らしそうに話していた子が、目の前にいる。彼はもう少年ではなかった。


「そっか、分かった」


 クライスは小さく頷いた。




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