第2話 じゃあ、ここにいる
クライスのお父さんが亡くなったのは、わたし――セシリア・ヨンスドッティルがまだ子供だった頃のことだ。
海賊との戦いだった。
クライスのお父さんは漁師。でも、海賊が現れれば剣を取って戦った。港の大人たちからも頼りにされていて、子供だった私から見ても強くて格好いい人だった。クライスは、そんなお父さんが大好きだった。
訃報の知らせ以来、クライスはほとんど話さなくなった。
もともと無口な子だった。友達だって多くない。それでも以前は、わたしには何かと無邪気に話してくれたし、一緒に港を走り回ることもあった。
ある日の夕方。
石畳にはいつも魚の鱗が落ちていて、陽の光を受けて銀色に光っている。
学校帰りのわたしは、港にぽつんと座る男の子の姿を見かけた。
「クライス、何してるの。遊びに行こうよ」
「今日はいい」
「じゃあ、ここにいる」
「……なんで?」
「別に」
私はクライスの隣に座った。
何を話したのかは覚えていない。たぶん、大したことは話していなかったと思う。港で猫を見たとか、お父さんに魚の名前を教えてもらったとか、そんなことだった。
夕暮れの港には、子どもの背丈より大きな樽がいくつも積まれていた。岸壁には色とりどりの漁船が夕日に照らされ、帆柱は見上げても先が見えないほど高かった。
クライスは、ほとんど喋らなかった。
◇
クライスのお母さんは、ギルドの酒場で働くようになった。
昼も夜も働いていたから、クライスが一人で家にいる時間は増えていった。だから私は、よくクライスを家へ呼んだ。
「おう、クライス。早く上がれ」
「いらっしゃい。ご飯食べていきなさいな」
わたしの両親はそう言いながら、いつもクライスの分まで夕食を用意してくれた。
◇
春が来て、夏が来て、短い秋が過ぎると、ヴァルネスには長い冬が来る。それを何度か繰り返した。
気がつけば、クライスが隣にいることは、私にとって当たり前になっていた。たぶんクライスにとっても、そうだったのだと思う。
◇
数年後、今度はクライスのお母さんも亡くなった。
女手一つで子供を育てるのに、ずっと無理をしていたらしい。漁船も、生活費のためにとっくに売り払ったそうだ。
クライスは泣かなかった。少なくとも、私の前では。
お葬式が終わってしばらくして、私の父――ヨンがクライスに言った。
「クライス、うちで働け」
それからクライスは、うちの魚商を手伝うようになった。
学校の合間や休日。朝早く港へ行き、漁師たちから魚を仕入れる。店へ運び、種類ごとに分ける。荷を積んで、街の店や屋敷へ届ける。
最初は失敗ばかりだった。でも次第にこなれていった。そしてわたしも、同じように魚商店の仕事を手伝うようになった。
朝、ひとり暮らしのクライスにお弁当を渡し、夕食はうちの家で取る。そんな毎日を繰り返して、私たちは少しずつ大人になっていった。
◇
ある日、成人したばかりのクライスが、わたしのお父さんに話があると言った。
「うちを辞めたい?」
店を閉める支度の手を止め、お父さんが丸太のように太い腕を組む。
「うん」
「何か不満でもあるのか」
「そうじゃない」
「だったら、どうしてだ」
「別の仕事がしたい」
その話を横で聞いていた私は、思わず口を挟んだ。
「ねえ、クライス。これからどうするの?」
「これまで貯めた金で船を買う」
「船?」
「ああ」
クライスが私を見る。
「俺は漁師だ」
その言葉を聞いた瞬間、ずっと昔のことを思い出した。まだ私たちが小さかった頃。
港に立つ、大きな背中。
彼の父親は海賊と戦った英雄だった。あの頃、父親のことを誇らしそうに話していた子が、目の前にいる。彼はもう少年ではなかった。
「そっか、分かった」
クライスは小さく頷いた。




