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おっさん漁師、神になる   作者: 祭人
第二章 奴隷少女とわけありシスターに困る
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第5話 白銀の神と消えた宝石

 ――ドォン!


 凄まじい音が響いた。


 あたしは思わず目を閉じる。けれど、いつまで経っても拳は落ちてこなかった。


「……え?」


 恐る恐る目を開けると、シスターの前にひとりの男が立っていた。


 全身を覆う白銀の鎧。風になびく白いマント。そして目元を隠す、白銀の仮面。


 その人は巨人兵の拳を、片手で受け止めていた。


「な、なんだ……あいつ……」


 男たちがざわめく。巨人兵が唸り声を上げ、さらに力を込めた。白銀の騎士の足元で石畳が軋み、亀裂が走る。


 それでも、騎士は一歩も動かない。


「うそ……」


 あたしはつぶやく。


 次の瞬間、巨人兵の腕が押し返された。巨体がぐらりとよろめく。


「シスター。子供たちを」


「は、はい! みんな、中へ!」


 白銀の騎士に促され、シスターがあたしたちを修道院へ逃がす。その背後で、巨人兵が再び拳を振り上げた。


「グオオオオオ!」


 咆哮とともに、その頭を覆う異様な兜が青白く光る。白銀の騎士の視線が、巨人兵から兜へと移った。


 巨人兵の拳が振り下ろされる。同時に白銀の騎士が剣を抜いた。


 一閃。


 ガシャァン!


 兜が砕け散った。巨人兵の動きが止まる。やがて膝から力が抜け、その巨体が石畳に崩れ落ちた。


「お、おい。何をしている、立て。修道院を壊せ!」


 男が叫ぶ。けれど、巨人兵は頭を押さえたまま、荒い息を繰り返している。


「聞こえんのか。命令だぞ!」


 巨人兵がゆっくりと顔を上げた。さっきまで濁っていた目に、光が戻っている。


「ひっ……」


 男が後ずさる。


 巨人兵は何も言わなかった。壊された門。砕けた石畳。放り出されたつるはし。怯えて身を寄せ合う子供たち。


 足元には、砕けた兜が転がっている。


「し、知らんぞ。俺たちは言われた通りにしただけだ!」


「撤収だ!」


 男たちはつるはしや大槌を放り出し、我先にと逃げていった。


 巨人兵は追わなかった。しばらく呆然とその場に座り込んでいたが、やがてゆっくりと立ち上がる。


 白銀の騎士を見る。何かを言おうとして口を閉じ、そのまま深く頭を下げた。


 ――まるで、洗脳が解けたかのように。


 白銀の騎士も、黙って頷いた。


 巨人兵は背を向け、そのまま歩き去っていく。やがて地響きも聞こえなくなり、修道院に静けさが戻った。


「助かった……の?」


 子供たちが恐る恐る顔を上げる。


「みんな、怪我はありませんか?」


 シスターが一人ずつ確かめていく。


 あたしは白銀の騎士を見つめていた。白銀の鎧に、白銀の仮面。


 なぜだろう。


 どこかで見たことがあるような気がする。ふと、あの夜のことを思い出した。


 あたしを買って、自由にしてくれた――白銀の紳士。


「まさか……」


 いや、そんなはずはない。あの人は紳士だった。目の前にいるのは、あんな巨人を一撃で退けてしまう騎士だ。


 シスターが白銀の騎士に歩み寄る。


「あの……ありがとうございました」


 白銀の騎士が振り返った。


 銀色の仮面。その奥の瞳と目が合った瞬間、シスターの言葉が止まる。


「あ……」


 胸元に手を添え、もう一度深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました。あなたが来てくださらなければ、わたくしも、この子たちも……」


 白銀の騎士は何も答えない。ただ、小さく頷いた。


「あの、お名前を……」


 白銀の騎士は答えなかった。


 白いマントを翻し、歩き去っていく。


 あたしは、その背中が見えなくなるまで見送っていた。


 隣を見ると、シスターも同じだった。


「……素敵な方ですね」


「え?」


「い、いえ。なんでもありません」


 シスターは慌てて首を振る。


 その頬は、ほんの少し赤くなっていた。


◇


「どういうことだ!」


 ドン・ガルディーニは、報告に来た男へ書類の束を投げつけた。


「巨人兵まで連れていって、なぜ修道院ひとつ壊せん!」


「そ、それが……白銀の騎士が突然現れまして……」


「騎士だと?」


「はい。巨人兵の兜を破壊されて……そのまま逃げられました」


 ドンは拳を机に叩きつけた。


「先日の、海賊を追い払った男かも知れません……」


「うぬぬ……」


 修道院ひとつ潰すために、どれだけの手間をかけたと思っている。それを、得体の知れない騎士に邪魔された。


「白銀の騎士……このワシに喧嘩を売ったことを後悔させてやる」


 ドンは報告に来た男を睨みつけた。


「人を集めろ。傭兵でも何でもいい。金はいくらかかっても構わん」


「は、はい!」


 男が慌てて部屋を出ていく。


 ドンも椅子から立ち上がった。相手が何者であろうと関係ない。金さえ積めば、腕の立つ連中はいくらでも集められる。


 こういう時のために蓄えてきた財産がある。


 ドンは屋敷の奥にある宝物庫へ向かった。重い扉の鍵を開け、中へ入る。棚には金貨や美術品が並び、その最奥に大きな宝石箱が置かれていた。


「思い知らせてやる。金の力というやつを」


 宝石箱の鍵を開け、蓋を持ち上げる。


「…………」


 ドンの手が止まった。


「……は?」


 箱の中は、空だった。


 蓋を閉じ、もう一度開ける。何もない。箱を持ち上げ、ひっくり返す。当然、何も落ちてこない。


「ない……?」


 昨日まで、確かにあった。長年かけて集めてきた宝石が、ひとつ残らず消えている。


「な、ない、ない、ないー!」


 ドンは空の宝石箱を手にしたまま、立ち尽くした。


「ど、どういうことだ!?」


◇


 同じ頃、ケニー・サンドロヴィッチは商談の準備をしていた。机の上には契約書が並んでいる。


 今日の取引には、先日手に入れた宝石を使うつもりだった。


 ケニーは自室の金庫を開けた。


「……ん?」


 ない。


 棚を探り、別の引き出しも開ける。


「そんなはずは……」


 白銀の紳士から受け取った十一粒の宝石。確かにここへ入れたはずだった。それが、一粒もない。


 ケニーの額に汗が浮かぶ。


「まさか……」


 十一粒の宝石を差し出した、白銀の紳士。


 昨夜、ドンの屋敷の窓辺を横切った白銀の隼。


 そして今朝、修道院に現れたという白銀の騎士。


 ばらばらだったピースが、ひとつに繋がっていく。


「最初から……全部、奴の仕業だったのか?」


 ケニーは推理する。あの宝石は元々、白銀の紳士のものではなかった。おそらく、あの隼を使ってドンの宝物庫から盗み出したものだ。


 つまり奴はドンの宝石を盗み、その宝石で奴隷を買った。


 そして今度は、自分が支払った宝石までケニーの金庫から取り戻した。


「ふざけやがって……」


 ケニーは空になった金庫を蹴飛ばす。


 だが、そこで別の疑問が浮かんだ。


「なぜ、わざわざ宝石を取り戻した?」


 奴隷を自由にするだけなら、もう目的は果たしている。奴隷商人である自分への報復だろうか。あるいは――


「そうやってドンからくすねた大金で、奴は今度は何を買おうってんだ?」


 ケニーの背筋を、冷たい汗が走った。

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