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おっさん漁師、神になる   作者: 祭人
第二章 奴隷少女とわけありシスターに困る
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第4話 迫りくる巨悪党

 あたし――ミア・キスペは、二階の窓から外を見下ろしていた。


 修道院の前には、黒い服を着た男たちが並んでいる。その中央に立っているのは、バルトロメオ・ガルディーニ。この町の裏社会を牛耳る男――


 ドン・ガルディーニだ。


「おはよう。今朝も一段とお美しいですのぉ、シスター・マリー?」


「おはようございます、ドン・ガルディーニ」


 シスターはいつもの穏やかな声で答えた。でも、その表情は笑っていない。


「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」


「用件など、シスターもよく分かっておるでしょう。この修道院の土地と建物。すでにワシが買い取ったと、何度もお伝えしているはずですがなぁ」


「それについても、何度もお答えしています。わたくしたちには、ここで暮らす権利があります」


「なら、別の場所を探せばよろしい」


 シスターの表情が変わった。


「ここには、行く場所のない子どもたちが暮らしています」


 シスターが修道院を振り返る。二階の窓から見ていたあたしと、一瞬だけ目が合った。


「ここは、この子たちの家です」


 昨日、あたしに言ってくれた言葉を思い出す。


 ――わたくしたちは、家族です。


「家族から家を取り上げて、賭博場にすることを、わたくしは認めません」


 ドンの口元から笑みが消えた。


「……ワシを敵に回しても?」


「はい」


 迷いのない返事だった。


 ドンはしばらく黙ってシスターを見つめ、やがて笑みを浮かべる。


「その強情なところも、実に魅力的ですなぁ」


 舐めるような視線が、シスターの身体を這う。


 あたしは、その目を知っている。奴隷市場で、何度も向けられた目だ。身体の奥が冷たくなる。


「お帰りください」


「……今日は、そうしましょう。では、また近いうちに」


 男たちが去っていく。


 あたしは階段を駆け下りた。


「シスター、大丈夫?」


 シスターは少し驚いた顔をしたあと、いつもの優しい笑顔に戻った。


「大丈夫ですよ」


「でも、あの人たち……」


 シスターはあたしの頭に手を置いた。


「何も心配いりません」


 その手は温かかった。


 だけど、ほんの少しだけ震えていた。


◇


 その夜。


 ヴァルネスの一角に建つ豪奢な屋敷。ドン・ガルディーニは、大きな革張りの椅子に深く腰掛けていた。


「まったく、強情な女ですなぁ」


 向かいのソファには、奴隷商人ケニー・サンドロヴィッチが座っている。


「だからこそ、ドンはお気に召しているのでしょう?」


「分かっておるではないか、ケニー。あの修道院は邪魔だ。土地も欲しい。だが――」


「シスター・マリーも欲しい」


「そういうことだ」


 二人の笑い声が部屋に響いた。


「でしたら、簡単です。修道院を壊してしまえばいい」


「ほう?」


「家を失えば、あの女も困るでしょう。そこへドンが手を差し伸べる。住む場所も、金も、何もかも用意してやる」


 ケニーは口元を歪めた。


「下げて上げて、心を掴む。女なんてものは、権力と財力を見せつければ、そのうち靡きますよ」


 ゲイン・ロス効果。女たらしの常套手段だ。


「お前もワルよのぉ」


「ドンほどでは」


 二人が声を上げて笑った。


 その時、窓の外を白銀の鳥の影が横切った。


 ◇


 翌朝。


 まだ朝食を終えたばかりだった。


「シスター!」


 子どものひとりが駆け込んでくる。


「外に、いっぱい人が!」


 あたしたちは窓へ走った。


 修道院の前に、何人もの男たちが集まっている。大きな槌、斧、つるはし。建物を壊すための道具を持っていた。


「……そんな」


 シスターはすぐに表情を引き締める。


「みんなは中にいてください。絶対に外へ出てはいけませんよ」


 そう言って、シスターはひとりで外へ出ていった。


「待って!」


 あたしは窓に駆け寄る。


 男たちの前に、シスターが立ちはだかった。


「ここから先へは行かせません」


「どけ、シスター!」


「退きません」


「怪我するぞ!」


「それでも退きません」


 男たちに囲まれても、シスターは修道院の前から動かなかった。


 その時だった。


 ズシン。


 ズシン。


 地面を揺らすような重い音が近づいてくる。


 男たちが左右へ分かれ、その向こうから巨大な人影が現れた。


「なに……あれ……」


 人間だ。でも、あまりにも大きい。


 大人の男の倍近い背丈。岩のような腕。分厚い胸板。頭には奇妙な兜が被せられ、青白い光が脈打っている。


 巨人兵。


 その目には、何の感情もなかった。


 巨人兵はシスターの前で足を止めた。


「シスター! 逃げて!」


 あたしは窓から叫んだ。シスターが振り返る。その瞬間、巨人兵が巨大な拳を振り上げた。


「「「きゃああああ!」」」


 子供たちは叫ぶ。


 青白い兜が強く輝く。拳が、シスター目掛けて振り下ろされた。


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