第4話 迫りくる巨悪党
あたし――ミア・キスペは、二階の窓から外を見下ろしていた。
修道院の前には、黒い服を着た男たちが並んでいる。その中央に立っているのは、バルトロメオ・ガルディーニ。この町の裏社会を牛耳る男――
ドン・ガルディーニだ。
「おはよう。今朝も一段とお美しいですのぉ、シスター・マリー?」
「おはようございます、ドン・ガルディーニ」
シスターはいつもの穏やかな声で答えた。でも、その表情は笑っていない。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「用件など、シスターもよく分かっておるでしょう。この修道院の土地と建物。すでにワシが買い取ったと、何度もお伝えしているはずですがなぁ」
「それについても、何度もお答えしています。わたくしたちには、ここで暮らす権利があります」
「なら、別の場所を探せばよろしい」
シスターの表情が変わった。
「ここには、行く場所のない子どもたちが暮らしています」
シスターが修道院を振り返る。二階の窓から見ていたあたしと、一瞬だけ目が合った。
「ここは、この子たちの家です」
昨日、あたしに言ってくれた言葉を思い出す。
――わたくしたちは、家族です。
「家族から家を取り上げて、賭博場にすることを、わたくしは認めません」
ドンの口元から笑みが消えた。
「……ワシを敵に回しても?」
「はい」
迷いのない返事だった。
ドンはしばらく黙ってシスターを見つめ、やがて笑みを浮かべる。
「その強情なところも、実に魅力的ですなぁ」
舐めるような視線が、シスターの身体を這う。
あたしは、その目を知っている。奴隷市場で、何度も向けられた目だ。身体の奥が冷たくなる。
「お帰りください」
「……今日は、そうしましょう。では、また近いうちに」
男たちが去っていく。
あたしは階段を駆け下りた。
「シスター、大丈夫?」
シスターは少し驚いた顔をしたあと、いつもの優しい笑顔に戻った。
「大丈夫ですよ」
「でも、あの人たち……」
シスターはあたしの頭に手を置いた。
「何も心配いりません」
その手は温かかった。
だけど、ほんの少しだけ震えていた。
◇
その夜。
ヴァルネスの一角に建つ豪奢な屋敷。ドン・ガルディーニは、大きな革張りの椅子に深く腰掛けていた。
「まったく、強情な女ですなぁ」
向かいのソファには、奴隷商人ケニー・サンドロヴィッチが座っている。
「だからこそ、ドンはお気に召しているのでしょう?」
「分かっておるではないか、ケニー。あの修道院は邪魔だ。土地も欲しい。だが――」
「シスター・マリーも欲しい」
「そういうことだ」
二人の笑い声が部屋に響いた。
「でしたら、簡単です。修道院を壊してしまえばいい」
「ほう?」
「家を失えば、あの女も困るでしょう。そこへドンが手を差し伸べる。住む場所も、金も、何もかも用意してやる」
ケニーは口元を歪めた。
「下げて上げて、心を掴む。女なんてものは、権力と財力を見せつければ、そのうち靡きますよ」
ゲイン・ロス効果。女たらしの常套手段だ。
「お前もワルよのぉ」
「ドンほどでは」
二人が声を上げて笑った。
その時、窓の外を白銀の鳥の影が横切った。
◇
翌朝。
まだ朝食を終えたばかりだった。
「シスター!」
子どものひとりが駆け込んでくる。
「外に、いっぱい人が!」
あたしたちは窓へ走った。
修道院の前に、何人もの男たちが集まっている。大きな槌、斧、つるはし。建物を壊すための道具を持っていた。
「……そんな」
シスターはすぐに表情を引き締める。
「みんなは中にいてください。絶対に外へ出てはいけませんよ」
そう言って、シスターはひとりで外へ出ていった。
「待って!」
あたしは窓に駆け寄る。
男たちの前に、シスターが立ちはだかった。
「ここから先へは行かせません」
「どけ、シスター!」
「退きません」
「怪我するぞ!」
「それでも退きません」
男たちに囲まれても、シスターは修道院の前から動かなかった。
その時だった。
ズシン。
ズシン。
地面を揺らすような重い音が近づいてくる。
男たちが左右へ分かれ、その向こうから巨大な人影が現れた。
「なに……あれ……」
人間だ。でも、あまりにも大きい。
大人の男の倍近い背丈。岩のような腕。分厚い胸板。頭には奇妙な兜が被せられ、青白い光が脈打っている。
巨人兵。
その目には、何の感情もなかった。
巨人兵はシスターの前で足を止めた。
「シスター! 逃げて!」
あたしは窓から叫んだ。シスターが振り返る。その瞬間、巨人兵が巨大な拳を振り上げた。
「「「きゃああああ!」」」
子供たちは叫ぶ。
青白い兜が強く輝く。拳が、シスター目掛けて振り下ろされた。




