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ゴキブリを操る超能力に目覚めたんだけど  作者: 唯之助


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実験(一)

二〇二四年四月。高校二年になった。


 クラス替えがあった。新しい教室、新しい担任、新しい顔ぶれ。だが譲二にとっては何も変わらない。窓際の後ろから三番目の席に座り、透明な存在として新学期を始めた。


 変わったことがひとつだけあった。隣の席に、やたらと明るい女子生徒が座ったことだ。


 名前は宮本環みやもとたまき。背が低く、丸い眼鏡をかけ、黒髪をショートカットにしている。最初のホームルームで自己紹介をしたとき、「趣味は図書館巡りと生き物観察です!」と妙に張り切って言い、クラスの何人かが苦笑した。


 典型的な「浮いている」タイプだった。だが、稲川譲二の「透明」とは質が違う。宮本環は積極的に話しかけるのに、相手にうまく噛み合わないタイプだ。声が大きく、話が飛び、相手が引いていることに気づかない。あるいは、気づいていても気にしない。


 譲二は宮本を最初、少し眩しいと思った。自分と同じ「浮いている」側の人間のはずなのに、宮本にはそのことを苦にしている様子がまったくない。堂々と浮いている。浮いていること自体を楽しんでいるようにさえ見えた。


 それは譲二にとって、理解しがたい生き方だった。


 四月の二週目、昼休み。譲二が教室の隅で一人で弁当を食べていると、宮本が隣に座ってきた。


「稲川くん、お弁当自分で作ってるの?」


 突然の声に、譲二は箸を止めた。話しかけられたこと自体に驚いた。


「……ああ」


「すごい。私も自分で作ってるんだけど、卵焼きがいつも焦げるんだよね。コツある?」


「……弱火で、蓋をする」


「へえー! 蓋かあ。やってみる。あ、それ鮭? 鮭っておいしいよね。私はいつもふりかけなんだけど、稲川くんちゃんとおかず入れてるの偉いね」


 譲二は返事に困った。こういう会話の仕方がわからない。相手が何を求めているのかがわからない。褒められているのか、からかわれているのか、それとも単に暇つぶしなのか。


「別に……コンビニの惣菜を詰めてるだけだから」


「それでも偉いよ。自分のことは自分でやるって大事じゃん」


 宮本は自分の弁当箱を開けた。白米に、焦げた卵焼きと、ミニトマトが三つ。確かに質素だった。


「私、一人暮らしなんだ。おばあちゃんの家の近くに部屋借りて。稲川くんも一人?」


「……なんでわかる」


「弁当の感じ。あと、なんとなく」


 それが、宮本環との最初の会話だった。


 それ以降、宮本は昼休みのたびに譲二の隣に座るようになった。譲二が話さなくても、宮本が一人で喋り続けた。昨日見たテレビ番組のこと、図書館で借りた本のこと、通学路にいた野良猫のこと。脈絡なく話題が飛び、譲二は半分も聞いていなかった。だが、不快ではなかった。


 誰かの声が自分に向けられているという事実が、意外なほど心地よかった。



 四月下旬。譲二の部屋の一角が、「実験室」になった。


 押し入れの下段を改造した。百円ショップで買ったプラスチックの衣装ケースを三つ並べ、それぞれに土と木片と水を入れた。ゴキブリの飼育環境だ。


 ケースAには通常のクロゴキブリを十匹。対照群。


 ケースBには、譲二が毎日一時間、意識を集中して「念」を送るクロゴキブリを十匹。


 ケースCには、特に反応が良い個体──三月に発見した、成長の早い個体の子孫──を十匹。この群にはケースBの二倍の時間、一日二時間の「念」を送る。


 餌は全群共通で、ドッグフードと水。


 毎日、体長をノギスで計測し、行動を観察し、スマートフォンのメモに記録した。


 一週間後、最初の差異が出た。


 ケースAの個体は通常通り。特に変化なし。


 ケースBの個体は、成長速度がケースAの約一・三倍。わずかだが、統計的に有意な差だった。


 ケースCの個体は、ケースAの約二倍の速度で成長していた。


 やはり、能力は成長を加速させる。


 そして、もうひとつ。ケースCの個体は、明らかに「賢かった」。


 迷路テストを作った。ダンボールで簡単な T字迷路を作り、突き当たりの片方に餌を置く。通常のゴキブリはランダムに左右を選ぶ。学習能力はあるが、正解率が安定するまでに何十回もの試行が必要だ。


 ケースCの個体は、三回目で正解率八十パーセントに達した。


 五月。


 譲二は実験の規模を拡大した。ケースを十個に増やし、百匹以上のゴキブリを管理するようになった。押し入れでは収まりきらず、部屋の壁際にケースを並べた。六畳間の三分の一が飼育スペースになった。


 匂いが問題だった。ゴキブリ自体はそこまで匂わないが、百匹以上を密集させると、糞や分泌物の匂いが部屋に充満する。換気扇を回しっぱなしにし、活性炭の消臭剤を大量に置いたが、完全には消えない。


 学校で宮本が鼻をくんくんさせた。


「稲川くん、なんか匂い変わった?」


「……変わってない」


「んー、なんだろ。土っぽいっていうか。ペット飼い始めた?」


「飼ってない」


「ふーん」


 宮本はそれ以上追及しなかった。


 五月の終わり、譲二は重大な発見をした。


 ケースCの第二世代──つまり、ケースCの個体同士から生まれた子供たち──が、親世代よりもさらに成長が早く、さらに「賢かった」。


 通常のクロゴキブリの生活環は約一年。卵から成虫になるまでにおよそ十ヶ月から十二ヶ月。だが、ケースCの第二世代は、わずか二ヶ月で成虫になった。


 そして迷路テストの成績。T字迷路ではもう差が出ないので、より複雑な十字迷路を作った。四方向の分岐が三段階、計六十四通りの経路がある。正解は一つだけ。


 ケースCの第二世代は、十回以内に正解ルートを学習した。


 譲二は震えた。


 これは、ゴキブリの知能の限界を超えている。通常のゴキブリの学習能力では説明できない。自分の能力が、成長だけでなく、知能そのものを底上げしているのだ。


 もっと。もっと世代を重ねたら、どうなる。


 もっと賢くなるのか。どこまで賢くなれるのか。


 脳裏に、一つの光景が浮かんだ。


 自分の言葉を理解するゴキブリ。命令されなくても、自ら考え、行動するゴキブリ。そして──自分に話しかけてくるゴキブリ。


 馬鹿げている、と思った。


 だが、胸の奥で何かが疼いた。

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