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ゴキブリを操る超能力に目覚めたんだけど  作者: 唯之助


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拡散

 二〇四〇年代。


 世界の片隅で、変化は静かに進行していた。


 東アジアの港湾都市──釜山、上海、高雄、ハイフォン──の地下インフラに、「異常な大型ゴキブリ」が定着した。各都市の害虫駆除業者が報告を上げたが、いずれも「外来種」として処理された。殺虫剤を撒き、トラップを仕掛け、報告書を書く。だが、駆除しても駆除しても減らない。むしろ増える。


 二〇四二年。上海の下水道管理局が、初めて公式に「既知のどの種にも分類できない大型のゴキブリ目昆虫」の存在を認めた。体長約二十五センチ。群れで行動し、高度な学習能力を持つ。殺虫剤への耐性が急速に発達する。


 論文がいくつか書かれた。新種として記載された。学名はBlattodea sapiens──「賢いゴキブリ」。だが、この命名は実態の百分の一も捉えていなかった。


 彼らが「賢い」のは事実だ。だが、東京の地下系統は全体のほんの一部に過ぎない。秩父で生まれ、山を越え、陸路で拡散した本流系統の存在を、この時点で知る人間は極めて少なかった。


 本流系統は二〇四〇年代初頭に日本列島を縦断した。


 秩父から関東山地を伝い、南は丹沢から箱根へ。北は谷川岳を越えて越後山脈へ。中部山岳をハイウェイのように使い、北アルプス、南アルプスの洞窟や廃坑に拠点を築いた。日本の山岳地帯には、鉱山の坑道や鍾乳洞が無数にある。人間が忘れた地下空間が、彼らの都市になった。


 二〇四三年頃。本流の一団が北海道に到達した。津軽海峡は泳いでは渡れない。だが、青函トンネルがあった。彼らはトンネルの保守用通路を夜間に移動し、北海道側に出た。そこから、更に北へ。


 二〇四五年。宗谷海峡。冬。海峡が流氷で狭まる時期を待ち、流氷の上を渡った。サハリン。そこから間宮海峡を越え、ユーラシア大陸に足を踏み入れた。


 この時点で、本流系統の個体は第三十世代を超えていた。体長は一・五メートルから一・八メートル。完全な直立二足歩行。五本指の手で精巧な道具を製作する。石器、骨器、木器。衣服に相当する植物繊維の外套を纏う個体もいた。言語は完全に体系化され、抽象概念を扱える。数の概念、時間の概念、因果関係の理解。


 そして──文字の萌芽。


 洞窟の壁に、記号が刻まれ始めた。線の組み合わせによる意味の記録。石器で岩肌に刻んだ、原始的な象形文字。


 最も頻繁に刻まれた記号は、三本の縦線だった。


 彼らの間で、この記号は「じょうじ」を意味した。


 もはや音声だけではない。文字として、石に刻まれた。最初の言葉。始まりの名前。創造主の記憶。


 サハリンからロシア沿海州に入った一団は、シベリアのタイガを南下し、中国東北部に至った。寒冷地での生存は困難だったが、彼らには洞窟と地下空間を見つけ出す本能があった。ゴキブリの祖先が三億年かけて磨いた「隙間に入り込む」本能が、知性によって「地下に都市を築く」能力に昇華されていた。


 別の一団は、九州から対馬を経て朝鮮半島に渡った。対馬海峡の最狭部は約五十キロ。筏を組んで渡った。人類の祖先がインドネシアの島々を渡ったのと同じ方法。道具と知恵を使った航海。


 朝鮮半島からは陸路で中国内陸部へ。東南アジアへ。温暖な地域ほど繁殖は容易だった。


 二〇四八年。


 彼らは既に、ユーラシア大陸の東半分に広がっていた。北はシベリア東部から、南は東南アジアまで。個体数は推定数十万。地下に点在する拠点を結ぶネットワークが、大陸規模で形成されつつあった。


 人間はほとんど気づいていなかった。


 「大型ゴキブリの外来種」として散発的に報告されるだけ。都市部の地下系統は害虫として認識されていたが、山岳部の本流系統はUMA目撃談として笑い飛ばされるか、少数の研究者が論文を書くだけだった。



 秩父の山奥では、時間がゆっくり流れていた。


 環は四十代になっていた。白髪が混じり始め、眼鏡のフレームを何度か変えた。環境調査の仕事は続けていたが、週の半分は自宅で過ごすようになった。


 蔵の個体たちとの暮らしは穏やかだった。残留組の第十九世代は老いて動きが鈍くなり、やがて一匹ずつ静かに「止まった」。だが、彼らの子供たち──第二十二世代、第二十三世代──が蔵の中で生まれ育った。体長は一メートル前後。親世代より賢く、語彙も豊富だったが、性格は穏やかだった。


 攻撃的な個体や冒険心に溢れた個体は、十六号と共に山に出ていった。残ったのは温和で慎重な気質の系統。それが代を重ねて、蔵の中の小さな家族は、「おとなしい子たち」の血統になっていた。


 環は毎晩、蔵で彼らに話をした。


 譲二の話。十二号の話。西新井のアパートの話。コンビニの深夜バイトの話。卵焼きのコツの話。


 彼らは環の言葉を聞き、質問をした。


「じょうじは、どんなかお?」


「細い顔。目が大きくて、少し怖い感じ。でも笑うと優しかった。あんまり笑わなかったけど」


「たまきは、じょうじがすき?」


「好きだよ。今でも」


「すき、とは?」


 環は考えた。


「その人がいなくなったあとも、その人のことを考え続けること。かな」


 蔵の中が静かになった。幼体の一匹──環は「ハナ」と名前をつけていた──が、小さな声で言った。


「わたしたちも、じょうじのこと、かんがえつづけてる。これは、すき?」


 環は笑った。目尻に皺が寄った。


「そうだね。それは、好き、だよ」


 片桐は二〇四三年に最後の訪問をした。七十歳近い体に長距離の運転は堪えるようになっていた。


「もう来れないかもしれない」と片桐は言った。「足腰がね」


「来てくれてありがとうございました。ずっと」


「稲川さん。ご主人がやったことが正しかったのか間違っていたのか、私にはわかりません」


 片桐は蔵の方を見た。蔵の入口で、ハナが二人を見ている。


「でも、あの子たちが生きている。それだけは事実です」


 環は頷いた。


 片桐の車が砂利道を下っていくのを、環は戸口で見送った。十六号を見送ったあの冬の朝と同じように。手を上げた。車の中から、片桐も手を上げた。


 それが最後だった。

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