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 ①⑨①

夕方、旅館に戻ると既に懐石料理が四つ用意されていた。


最初から圭ちゃんも来る予定で四つ頼んでいたのだろうけど、その数に私は少しばかり、動揺した。


確かに、電話を受けた時、2人で来なさいと誘われたがそれは2人にとっては私が圭ちゃんの彼女だからだ。


けど、いざこうしていない人の分の料理を目の当たりにすると、電話が来た事を隠さずに圭ちゃんも誘うべきだったかもと、思ってしまったのだ。


2人を殺害するのはいつでも出来るじゃん?

日本全国を好き勝手に旅行している2人を簡単に殺害する事は、私には不可能に近い事なのに、何故か一瞬、そのように思ってしまった。


私はその動揺を、特に父親に気づかれないよう、僅かばかり顔を伏せ「帰りました」と言った。


「マリヤちゃんは、私達のお手伝いさんじゃないのだから、もっと気楽でいいのよ」


既に浴衣姿の母親が私に向けてそう言った。同じく胡座をかいた浴衣姿の父親も


「圭介がいないから緊張するの当然だろうが、マリヤちゃんは私達に取っても大事な人だ。気を使わせてしまうのはこちらの落ち度でもあるが、せっかくの旅行なのだからね。何もマリヤちゃんを取って食おうなんて思っていないからもう少し肩の力を抜いていい」


父親はいい、私に笑顔を見せた。取って食おう。過去の父親の仕事を思うとその言葉は洒落になってないと私は思った。


「ありがとうございます」


私はいい、2人と向かい合わない場所へ腰を下ろした。


「夕飯には早い気もするが、食べようか」


父親が言った。


「マリヤちゃん、来れなかった圭ちゃんの分も食べ良いからね」


母親はいい、1人、「いただきまぁす」と暢気な声を出した。父親が続き、私も両手を合わせ頂きますと言った。


食事をしながら、会話を始めるのは母親の方だった。

父親は常に聞き手に回っていて、時折、「ねぇ、マリヤちゃん?」との母親のフリに私は返事を返した。


ただそれだけではまずいというのは、馬鹿な私でもわかっているから、そうなんですか?私も見てみたいなぁ、へぇ、等と全く興味がない事に対し、それらしい言葉や態度を示すのは苦痛に他ならなかった。


そんな中、食事が終わりそうな頃、やけに父親の視線が感じられた。理由はわからないが、私を意識しているように思えた。


私は気づかないフリをしながら喋りが止まらない母親の会話に相槌や返事を返す事に集中した。食事もさほど美味しいとは思えなかった。食事というものは、きっと一緒に食べる人によって、旨み成分も様変わりするのだろう。


圭ちゃんと2人であれば、絶対に美味しいと思える食事も、今は、この場を繋ぐアイテム以外になかった。


食事が終わると父親は、スマホを持ち、立ち上がった。


「出かけて来る」という父親に母親がその理由を尋ねた。


「旧友がこの辺りに住んでいるんだ。だから少しばかり会って来る」


「遅くならないでね」


「わかってるよ」


そういい、父親は部屋から出ていった。


「マリヤちゃんも、私に気を遣わず、好きにしていいからね」


当然、そうさせてもらうわよと思いながら、私は街散歩して来ますといいバックを持ち、父親に続き部屋を出た。


バックの中にはドライバーとナイフが入っている。

ひょっとしたら、これは父親を殺害するのに千載一遇のチャンスかも知れないと私はは思ったのだった。


父親を追うように旅館の外へと出たが、既にそこには父親の姿はなかった。トイレかも知れないと思い、しばらく待ってみたが、父親が現れる事はなかった。


母親にあのように言った為、私は仕方なく温泉街をふらつき時間を潰す事にした。


小さな橋を渡り、川沿いを歩いた。柳の木や知らない木々が立ち並ぶ道をのんびりと進んだ。やはり、2人を殺害するのは寝静まってからだと思った。


退屈だなぁと言葉を吐き捨てながら、私は足を止め、腰を落とした。バックを抱えるように持ち緩やかに流れる川面を覗き見た。


ふと右手から人の気配を感じた。足音が近づいてくる。私の背の後ろを通り過ぎていく。


ふと足音が止まった気がした。後ろを振り返ると、そこには圭ちゃんの父親が立っていた。


「お父さん?」


私はいい、立ちあがろうとした瞬間、喉元に激しい痛みを感じ取った。


「マリヤちゃんすまないね」


父親はいい、私の首に出来た傷口をタオルのような物で押さえ、私を抱きしめた。耳元に父親の息が当たり、私は離せ!と思った。


「マリヤちゃんが温泉に入っている時、圭介に電話をかけたんだよ。君を迎えに行った時、何となくマリヤちゃんの説明に違和感を覚えたからね。それと圭介が来られないのにマリヤちゃん1人で来るのも、不思議に思ったからね。で、圭介と色々と話をした。圭介が仕事だとマリヤちゃんが嘘をついた事も、圭介に行き先も言わず黙ってここまで来た事もね。けど、まさかマリヤちゃんが私達夫婦を邪魔だと感じ、命を狙っているとは思わなかったよ。それに圭介も最近のマリヤちゃんの言動に不信感を覚えていたようだったから、私に気をつけてと忠告してくれたんだ。私達夫婦は運が良かった。そしてマリヤちゃんも。どうしてかと言うとこの辺りの場所には昔からの仲間がいるからなんだ。だから何かあったら死体の処理を頼むかも知れないと連絡をしておいたのさ。つまりそれさえ手配出来ていればマリヤちゃんを処理するのも、そう難しい事もないからね」


父親はいい、周りを囲うジジイやババアに目配せした。


私は、そんな圭ちゃんの父親の姿を、意識が遠のく中、見守っていた。


そして私は新たに数名の人間が現れ完全に外部から見られないよう私達2人の前に立った。側には大きな段ボールが載った台車が置かれてあった。私は、父親に抱えられるようにその段ボールの中へと押し込まれた。

と同時に私は自らのこの命の終焉を悟ったのだった。




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