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草津温泉に現れたのが私1人だった為、圭ちゃんの両親は少しばかり驚き、そしてガッカリしていた。
特に母親の方はこれ見よがしに落ち込み、私を苛つかせた。
父親が仕方ないじゃないかと宥め、何とか落ち着いた風に見えたが、時より出る溜め息にどうして圭ちゃんじゃなくて、あんたなの?という内面にある本音が溜め息に混ざり吐き出されていた。
けれど私が圭ちゃんは急な仕事が入った為に来れなくなった事を話すと父親の方は直ぐ納得した。それはそうに決まっている。
圭ちゃんの仕事が人殺しと死体処理という事を父親はわかっているからだ。けれど母親の方はそうはいかなかった。随分と不満げな表情を浮かべ、
「圭ちゃんに電話してみる」
と言って聞かなかった。
ここで圭ちゃんに連絡されると面倒だと思い、どういう理由でやめさせようか思案していると、父親が助け船を出してくれた。
さすが父親だ。どんな仕事内容かわかっている為、
連絡したら余計な心配かけるだけとかなんとかいい、母親を説得してくれた。
私は内心ホッとしながらも、頭の隅では2人を殺害する計画を練っていた。
練っていたというと、アリバイ工作等も考えていると思われるだろうけど、私にそんな頭はない。行き当たりばったりだ。
つまり私の中の計画とは2人を殺害する為に考えている事は時間と場所のみだった。
時間は深夜。場所は旅館内。部屋に常設されている露天の檜風呂でもあれば、そこで殺してもいい。温泉の中に血が広がりゆく様はきっと綺麗な筈だ。
けれど現実的にそれは無理だろう。側には両親のどちらかがいるからだ。つまり最適なのは2人が寝静まった所を殺す事だ。
父親は元ラピッドの人間だから、殺意を感じ取られないよう気をつけながら、絶対に真っ先に殺さなければならない。
その点、母親は素人だから楽だ。最初はそう思っていたが、もし父親が死んでいる所を見られると馬鹿なように大騒ぎするだろうからその点は注意しなければならなかった。
私は2人の案内でひとまず旅館へと向かった。
そして部屋に入るなり母親に温泉へと誘われた。
「女同士、色々話したい事もあるのよ」
女親が息子の彼女にする話なんて決まっている。
気に食わないから別れるように仕向けるか、息子の良い所アピールくらいなものだ。
「圭ちゃんをよろしくお願いね」
この母親からそんな言葉が出る事はあり得ない。
女同士初めて会った時から、互いに気が合わない、いけ好かない事は肌で感じ取っている。
だから希望なんて微塵もない。私から媚びを売るなんて真っ平ごめんだ。向こうが奇跡的に私を認めたとしても、殺す事を止めるつもりは毛頭なかった。
何故なら、私はこの母親は勿論、父親も大嫌いだからだ。
存在している事が、圭ちゃんの仕事の足手まといだし、私と圭ちゃんの関係においては、邪魔以外の何者でもなかった。
それでも私は深夜までの我慢だと言い聞かせ、渋々、母親に付き合う事にした。
温泉に入っている間、どうしてか母親の口から圭ちゃんの話が出ることはなかった。
くだらない世間話や、芸能、ニュース、事件、そして旅行先での美味しかった食事の事や見た風景など沢山の思い出を、私の気持ちなど無視してノンストップで話された。
全くいい迷惑だった。私は温泉に身を委ねながら、適当な相槌を打ち、固まった笑顔を振り撒いた。
私達が部屋に戻ると父親の姿はなかった。
呑気にどこ行ったのかしら?と母親はいい、自分のスマホをバックから取り出した。
そして直ぐに父親へ連絡をした。
何処にいるの?へー。それなら一緒に出かければ良かったじゃない?等、その歳にもなって随分な甘えぶりを父親に浴びせた。早く帰って来てねとの決め台詞で締め、母親は電話を切った。
その後、直ぐにTVをつけると自分の分だけのお茶を入れ、テーブルの側に腰を下ろし画面へと視線を向けた。
そんな空間に自分がいる事が息苦しさと腹立たしさを掻き立てた。
私は、母親へ向かって、この辺りを散歩してきますねと言った。母親を私を見る事すらせず、うんとだけ言いお茶を啜った。
その態度に今すぐ絞め殺したくなった。私に興味がないなら、最初から一緒に温泉に入ろうなんて言うな。
私はバックを持ち、黙って部屋を出た。旅館を出た所で帰って来た父親とばったり鉢合わせた。
私は街並みを見てきますといい、軽く会釈をした。父親はそう?わかったと言い、お昼は食べたのかい?と付け加えた。
「まだですけど、適当に済ませます」
私は明らかにぎこちない笑顔でそう言った。




